結婚するのが親孝行なのか?
デザイナーの仕事を始めて早6年。実績もそれなりに増えたし、名指しで依頼されることも増えてきたから、結構ステップアップしているんだと自分でも思う。
たまに寝る暇もないくらい忙しいけれど、私にとってはそれが幸せなんだよね。好きで選んだこの仕事、どれだけ忙しくても「いま、すっごく楽しい!」って胸を張っていえる。
「そろそろ独立も考えていいんじゃない?」
数年お世話になっている営業先の人にそういわれたとき、「あ、私の探してたゴールってここだ」と思った。会社にはどんどん新しいデザイナーが増えてきていて、時代の流れもみるみるうちに変わっていく。
そんななかで自分の個性を前面に押し出し、オリジナルをこれからも打ち出し続けるためには「独立」というワードがすごくしっくりきた。この仕事をいつまでも続けていきたい、だからまだまだ挑戦を諦めたくない。
ただ、友人たちとの環境の違いに、戸惑いや羨ましさを感じることが多くなっているのも事実だった。母からの電話があったのは、友人たちとのLINEから2日くらい経ってからだった。
「もしもし?昨日そっちに頼まれてた本送っておいたから、明日ぐらいに着くと思うのよ」
「ああ、ありがとう!助かる」
「本、結構そっちに持って行ってたと思うけど…まだまだたくさんあったのね。お母さんびっくりしちゃった」
「捨てないでとっておいてくれて助かったよ!ちょっと読み返したくなっちゃってね」
実家に置いておいたデザイン関係の本をまとめて送ってもらったのだ。刺激も知識も、多いほうがいいに決まっているから。
「仕事、順調そうね。その感じだと」
「うん、そうだね」
母に独立のこと、相談してみようか。ひとりでやっていくって結構大きな決断だから、やっぱり親には事前に相談しておいたほうがいいのかな。だって会社勤務じゃなくて個人でやることになるんだから。もしかしたら不安定になるかもしれないし…。
「でも母さん、心配だわ」
「え?」
自分の夢を宣言しようとしていた矢先、母が不安そうに声をあげた。
「心配って何?元気にやってるよ、ちゃんと寝てるしご飯も食べてるし…」
「そういうことじゃなくて、さやかもそろそろ30になるじゃない?いい人、いないのかなって」
「ああ…」
多分母がいいたいのは「結婚」のことだろう。親だもの、心配して当然だよね。
「前に付き合っていた人、そうやって仕事が忙しくてお別れしちゃったじゃない。母さんも父さんも、あの人と結婚するんだろうなって思ってたから…最近は連絡取っていないの?」
「取ってないよ。本当、忙しくてお別れしちゃったのはもったいなかったなって思ってるけど…でもいま後悔してない」
「そうはいうけど……」
きっと父も心配しているのだろう。
小さいころは「嫁になんてやらん!」っていっていたこともあったのに、30代が近づいてきた途端「大丈夫なのか?」だなんて心配しだす。「娘に幸せになってほしい」どの親も、そう思って当然なんだろうけど。
「私ね、いまは仕事に専念したいの。だから結婚は考えてないんだ…ごめんね」
それなら仕方ないわねといい、仕事頑張ってと応援しつつも、母の言葉にはため息が混じっていた。少し落ち込んだ声に悲しみを感じながらも電話を切る。
親のためにも、私は「独立」を選ぶべきではないのだろうか。だって、そうしたらますます出会いなんてなくなるかもしれない。