お互いの夢のために。あの本のラストを、私たちもなぞろう
花火大会が終わった次の日、私はあの本を読み返していた。彼が薦めてくれたラブストーリー。この物語の結末は「お互いの夢のために、別れを決断する」というもの。
本のふたりは「いまの関係」を手放すのが怖くて、なかなか前に進めないでいた。この先の人生を決める大事な決断を迫られたとき、悩む理由は「相手の存在」だった。素直に送り出せたらそれで十分なのに、送り出せない。あなたを手放したくない。そんなふたりの心の葛藤を見て、私は涙が止まらなくなっていた。
いま私が読んでいる本も、あなたがくれたぬいぐるみも、家に置いたままのファミコンも、全部嘘になっちゃいそうで。でも私が、あなたの夢の障害になるのは嫌だよ。
あれからゆうきは就活の合間を縫って私の時間をとるようになった。会えない夜は欠かさず電話をくれた。疲れた声だとわかっているのに「大丈夫だよ」と口にする。そんな嘘、もうついてほしくない。
「あのね、ゆうき、話があるの」
土曜日の夜、私は彼に切り出した。
「私ね、この先もずっとずっと応援してるよ、ゆうきのこと誰よりも応援してる」
まだ本題に入っていないのに、目頭がぎゅっと熱くなる。
「だからね、いまは自分の将来に一生懸命になってほしいの。私も、頑張るから。だから、私のことは気にしないでほしいの」
ポロポロと涙があふれてくる。
「別れよう」
それからのことはあまり覚えていないけれど、ゆうきは私の決断を引き止めなかった。「一生懸命考えてくれたんだよね」といって、私をそっと抱きしめてくれた。
そのあと、彼は無事最初に希望していた地元の会社に就職できた。内定が決まった時は私に一番に連絡をくれて、一緒に喜びあった。付き合っていたときのように深夜まで語り明かして、その日は奮発してハーゲンダッツも食べた。
ゆうきとあったのはその日が最後だった。あれからゆうきは地元に帰り、私は都内で就職した。あの本をいまでもたまに読み返す。実はあの話には続きがあって、どうやらふたりは再会し、もう一度愛を育むようになるそうだ。ただもう絶版している本で、入手しようにも方法がない。
彼の働いていた古本屋は3年前に閉店してしまったし、ほかの古本屋で探してもなかなか見つけられない。ただ、いまでも古本屋に行くと古書の香りにドキっとする。あなたがそばにいるようで、心が暖かくなる。私たちも、いつかまた会えるだろうか。そのときは見せたい、私も頑張ったんだよって。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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