「女性なんだから」
ちょうど1年前のことだった。
その日は法事で、啓太の実家に行かなければいけなかった。キリキリと痛む胃を抑え、胃薬を口に含む。胃痛は1週間前から続いていた。もちろん原因は、啓太の親戚たちに会うこと。
作家の仕事をしている啓太は、必然的に在宅での仕事が9割を占めている。1人暮らし歴も長く、家事はすべて完ぺきにこなす。
一方私は、残業も多めな広告代理店勤務。1人暮らしはしていたが外食とコンビニ弁当が多めで、「大人としてどうなの?」と思われるくらい生活スキルが低い。
「家事が好きな男」「働きたい女」、そんな私たちが結婚を決めたのはむしろ当然だといえるかもしれない。しかし、結婚したころはまだまだ「主夫」という言葉が珍しい風潮だった。1年前のあの日も、受け入れてもらえていなかったのだ。
「うちの息子の嫁さんがね、お正月に立派なおせち作ってきたんだよ。やっぱ料理のできる女性ってのはいいねぇ」
叔父さんが大きな声で話している。叔母さんたちが「奈津子ちゃんは?」だなんて聞いてくる。私が料理をしないこと、とっくに知っているはずなのに。
いつも啓太が席を外したタイミングでチクチクといってくる。もしそれが本人にとって悪意がない言葉だったとしても、結構胃に悪い。
「ちょっと私、お手洗いに…」
「奈津子さん、具合悪いの?大丈夫?」
居づらくなって席を立つ私の背中に声をかけてきたのは、啓太のお母さんだった。
「お義母さん。すみません、ちょっと今朝からお腹の調子が悪いんです」
「そう…薬は?持ってないの?」
「朝飲んできたばかりなので」
「…叔父さんのいったこと、気にしてる?」
お義母さんが、俯きがちな私の顔をのぞき込んでくる。お義母さんから私たちの生活スタイルに何か文句をいわれたことは、いままではない。思いきって相談してみるのもありだろうか。
「でもね、奈津子さん。あなたも女性なんだから、料理をしてくれないと啓太がかわいそうだわ。だから叔父さんのいうこともわかってあげてね」
突然の一言に思わず立ち止まる。ただ「はい」としか、言葉が出てこなかった。