この6年は無駄じゃない、そう思うまでに少し時間はかかるけど
浮気しても、きっと私のところに戻ってきてくれる。どこかで鉄平のことを信じていた。しかし、もう鉄平にとっては「私自身が浮気相手」だった。いつしか彼女の地位から転落していたのだ。
成人式のあいさつがはじまるなか、私はとても冷静に「別れよう」と鉄平にLINEを送っていた。そのまま着信も拒否し、式が終わるのを待たずに自宅へ帰った。
一方的に別れを告げたから、「家まで乗り込んできたらどうしよう」と不安だった。いや、本当は謝りに来て、もう一度私と向き合ってくれたらいいのにって思っていたんだと思う。しかし、鉄平は結局現れなかった。
この6年間、私は「鉄平の彼女」として過ごしてきた。友人からは名前も覚えてもらえず、同窓会にもよばれない。自分の夢も願いも何もなく、卒業後は「鉄平と結婚するんだ」と本気で信じていた。
人気者である鉄平の彼女という立場に甘え、うつつをぬかしていた私が悪いのかもしれない。きっと誰かがこの話を聞いたら「もっと早く気づかなかったの?」って怒るかもしれない。でも、私は決して不幸じゃなかった。鉄平に愛された時間は、とても幸せだった。
何も手元に残らず、急な喪失感に襲われた私は、大学をしばらく休むことにした。夢も希望もない状態で、勉強する気にはなれなかった。何も知らないまゆに、ダブルデートの感想を聞かされるのも嫌だったのだ。
1週間ほどたって、このままじゃだめだという思いが私の心のなかに芽生えた。浮気されて振って、何もせずに落ち込んでばかり、そんなのみじめじゃないか。そんな気分を晴らしたくて、とりあえず近くの図書館に通い始めた。
「あの、きのうここに座ってましたよね」
ある日の図書館で話しかけてきたのは、海外文学の棚の近くでよく見かける女性だった。声のトーンをぐっと抑えた低めの声は、可愛らしい見た目と比べて少しだけアンバランスで心地よい。
「これ、忘れていってましたよ」
彼女の手元には、無くしたと思った筆箱があった。
「ありがとうございます。どこにしまったかなって思ってました」
「渡せてよかった。最近よくここに来るんですか?」
「はい、ちょっと本でも読もうかなって…」
「そうなんだ!じゃあ私と一緒だ」
彼女は私の過去を何も知らなかった。だから鉄平の彼女、ではなく1人の女性として接してくれる。毎日少し話す程度だったが、みるみるうちに仲よくなることができた。なにも気にせず付き合える友人の存在が、私の心を少しずつ和らげていく。
あの6年をもう取り戻すことはできない。願っても戻ってこないし、悔やんでも変えようがない。でも、きょうからまた始めることはできる。私が前に進もうと勇気を出せば、新しいスタートはいつだって切れるんだ。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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