おたくのご主人
私と沙織(仮名)は子どもが同じ幼稚園同士で、家も近く、自然と仲良くなりました。昨年引っ越してきたばかりで土地勘のない私たちに、沙織も沙織のご主人もとてもよくしてくれて…。お互いの家にお邪魔して遊んだり、庭にプールを出して水遊びしたり、一緒にキャンプに行く仲にまでなりました。
沙織は少々世話好きなところがありました。お節介すぎるなと感じることも多かったのですが、人の善意を断れず、自然と甘えるような形に。そのうち沙織は「なんでも私に任せて」「困ったことがあればいつでも助けるからね」と、よく私に言うようになりました。
「ねえ、見間違いかもしれないんだけど、昨夜ご主人帰り遅かった?」
沙織が私にそう話してきたのは、幼稚園帰りに近所の公園で子どもたちを遊ばせているときでした。
「うん、残業だったよ」
「そっか…残業、ね」
「どうかした?」
う~ん、となにやら考え込む沙織。
「私きのうね、窓から見えちゃったの、ご主人が歩きながら誰かと電話しているの。すごく仲良さげだったのよね…」
「電話?」
「そう、名前までは覚えてないけれど、女性の名前を言っていたと思うの」
それはたぶん、妹と電話していたんじゃないだろうか。夫の妹が昨夜出産したと、私のところにも電話が来たから。
「勘違いならいいんだけど、怪しいなって思っちゃって。あ、ごめんね?私こういう勘、結構当たるのよね」
「教えてくれてありがとう。でも、大丈夫だよ」
その日から、沙織は何かと私の夫の行動を報告してくるように…。いつも何時に帰るはずなのにきょうは遅かったとか、上着を着て出勤したのに帰りは羽織ってなかったとか、有名なお菓子屋の紙袋を持ってたから女にもらったんじゃないかとか。
休みの日の朝にランニングしにいった夫のあとをつけて、誰かと電話してたとまで報告してきました(実際には姑でした)。
いい加減疑われすぎて腹が立ってきたところで、ついに夫にまでアクションを起こしてきたのです。
「いま帰ってくるときに沙織さんに会ったんだけど、不倫はよくないですよって突然言われてさ。そんなことするわけないじゃないですか、ってちょっときつく言っちゃったよ」
次の日の朝、ゴミ出しに行くと隣のおばさんが私の顔を見て心配そうに声をかけてきました。
「ご主人と離婚するんだって?」
「えっ?しませんけど!?」
どうやら沙織に『ご主人の不倫が原因で離婚するんですって』と言われたらしい。
さらに幼稚園のバスを待っている間、同じ園に通うママたちにも同じように心配される。子どもたちまでなぜか知っていて、なんと園の先生にまで広まっていたのです。
どんなデマを流してるんだと腹が立ち、沙織に電話をかけて文句を言いました。
「だってご主人、きのう問い詰めたら逆切れしてきたのよ?あれは図星に違いないわ」
「証拠はどこにあるのよ?勝手に私たち夫婦の変な噂流さないで!すごく迷惑!」
「ひどい。私はあなたの助けになってあげようとしただけなのに…!」
イライラが抑えられないまま夜になりました。『この話、夫にも言わなくちゃ…』そう思っていると夫が帰ってくる音が。しかし、誰かが一緒でした。沙織の夫でした。
「この度は、妻がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる沙織の夫。事情を聴くと、帰宅中の私の夫に「離婚だなんて大変なことになっちゃって、よかったら話を聞くから」と言い、無理やり腕をつかんで自宅に連れ込もうとしたらしいのです。
『やめてください』と夫が言うと、突然服を脱いで叫びだし、異変に気づいた沙織の夫が家から飛び出してきて止めてくれたんだそう。
なんでも沙織は、私たち家族が自分より広い家に住んでいること、引っ越してきたばかりで近所の人にちやほやされていること、夫婦仲がよいことを妬んでいたとのこと。そして「家庭をぶち壊してやる」と、デマを作り上げたそうです。
それから数カ月後、沙織一家は家を売り払い、遠くへと引っ越していきました。
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