親友からの略奪、妊娠、結婚。そしてついに出産した優華。
誰にも喜んでもらえない出産、一人ぼっちの育児、帰りの遅い達樹。孤独を感じる日々のなかで母親として生きはじめた優華は、だんだんと真実に気づき始める。
自分のしてしまった罪の大きさと向き合うとき、彼女は何を感じるのか。女として、母として、彼女の下す決断とは?
第一話:親友の彼氏とカラダを重ね…寝取って「略奪」した女が手にした幸せとは?
第二話:親友から彼氏を寝取り、妊娠した女。出産日を迎えたとき、夫は…
第三話:疑惑、真実、そして
- 登場人物
- 優華:この物語の主人公
- 小春:優華の元親友であり、達樹の元彼女
- 達樹:小春の元彼氏で、優華の夫
母の怒り、涙

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1月のある、寒い日のこと。
ちょうど子どもが生まれて半年を過ぎたころ、母から怒りの電話がかかってきた。いずれこんな日が来るんだろうなと予想はしていたが、それは想像よりもだいぶ早かった。
「あんた、達樹くんって小春ちゃんの彼氏だったの?」
「え?ああ…うん」
「私きょう小春ちゃんのお母さんに会って、挨拶しようとしたら突然怒鳴られたのよ?なんでも婚約間近だったらしいじゃない。それが、あなたが奪ったって!」
「そんなこと言ったって、私を選んだのは達樹なんだし」
「あんたねぇ…ちょっと信じられない。私、小春ちゃんになんて謝ればいいのか…」
「お母さんが気にすることじゃないでしょ、関係ないよ。ごめんね迷惑かけて」
「あのね、近所の人もみんな知ってるのよ!」
プツッ
涙声で私に怒りをぶつけてくる母。電話が切れ、静寂が走る。
まさか小春やその周辺の怒りが自分の母親にまで向いているなんて。近所の人が知っているなんて。小春が、そこまで怒っていたなんて。
私は昼寝する子どもの顔を撫でながら、暗くなったスマホに目を落とす。相談しようと思っても誰もいない。話を聞いてくれる人が、誰もいない。
私はあの日達樹に出会ってからずっと目をそらしていた、自分の大きな罪に気づき始めていた。外には東京の1月にしては珍しく、雪が降っていた。
指輪の真実

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出産してから、達樹は帰りが遅くなった。「家族のために頑張って働いているから」というものの、たまに酒臭くてウッと鼻を抑えてしまう。
残業だなんてきっと嘘なんだろうなと思いつつ、新生児の子育てによる寝不足で疲れ果てた脳では、もう問いただす余裕もなかった。
出産後に育休を取ってくれるという話はどうなったのかと尋ねてみると「仕事が忙しくてそんなの無理だよ」と笑われた。
義母は一度だけ孫の顔を見に来た。特におめでとうも言わず、子どもの顔をちらりと見て、形だけの出産祝いを置いてすぐに帰っていった。
お祝いに入っていたのは調味料セット。お中元かお歳暮の使いまわしかなと思ったけれど、真意はわからないままだ。
誰にも祝福されない一人ぼっちの育児。それでも、私は我が子と2人きりの暮らしをなんとか続けるしかなかった。
親友の彼氏を奪っておいて、私にいまさら文句を言う筋合いはないのではと、ようやく気づき始めていたのだ。
「この子に罪はない、私が悪いのよ…私が」
ぼんやり薄暗い部屋のなかで、眠るわが子の顔を見ながら、いつまでたっても返ってこない達樹を一人待つ夜。何度も寂しい夜を繰り返し続け、もう慣れてしまっていた。
「そういえば、出産してから指輪つけてなかったな」
ふと結婚指輪の存在を思い出した。指がむくんでしまうと取れなくなるからと、妊娠後期に差し掛かってから指輪を外していたのだ。
「やっぱり綺麗な指輪をつけてないと、テンション上がらないよね」
ベッド横の棚からそっと指輪の箱を出す。指につける前にその美しさをじっくり眺めて浸っていると、指輪の裏に何かが文字らしきものが、ごく小さく彫られているのを見つけた。目を細め、指輪を凝視する。
「何これ?」
ああ、そうか。見なきゃよかった。しばらく、指輪の裏側から目が離せなかった。
一見すると模様のようだが、はっきりと「K」と彫られている。これは、本当は小春にあげるはずだったんだ。