Case3.親戚間の借用
「貸した退職金が返ってこなくて困っています」と困り顔で言うのは三井則夫さん(68歳)。
貸した相手は義息子(娘の夫、42歳)で、彼の職業はフリーのITエンジニア。
彼は国家公務員として省内のシステム構築に尽力した後に独立。税理士事務所のIT化に特化し、順調そうに見えたのですが…娘が頭を下げに来たのは4年前。弱音を吐けない寡黙な夫に代わり、援助を求めてきたのです。
「いろいろ入用で資金繰りが…」そんな曖昧な理由が附に落ちないものの、そんな夫が妻(娘)に相談するなんて「よほどのこと」だと判断。則夫さんは200万円を融通したのです。
そして「恩に切ります。必ず返します」という約束の通り、最初の2年間は毎月欠かさず5万円を振り込んできたのですが、そんな矢先に発生したのが新型コロナウイルスの騒動。2020年10月、完全に返済が止まったのです。
則夫さんは娘夫婦の苦境を心配し、しばらくの間は大目に見るつもりでした。「ある現場」を目撃するまでは。
則夫さんがたまたま居酒屋を通りかかったのは、緊急事態宣言明けの2021年3月。テラス席で大騒ぎする客のなかに義息子の姿を見つけました。
無口で無表情な素面の顔とは別人。「どういうことなんだ!」と娘に確認すると、借用の使途は返済が止まった理由はまた別だったのです。
義息子は、抱え込むタイプ。新型コロナウイルスの影響による不況で、顧問契約打ち切り危機の連続。思いとどまってもらうため、頭を下げ続けたものの、そのことを誰にも打ち明けられず、ストレスで酒に逃げる日々。
そして酔った勢いで行くのは、消費者金融のATM。カードで借金をし、自粛無視の店で二軒目、三軒目とハシゴ酒。どんなに酔いつぶれても仕事に出かけるので、則夫さんの娘は気づかず…。
当人は借りた記憶がないので、返済せずに放置。とうとう自宅へ催促の葉書が届き、事の真相が発覚。借金はわずか1年で120万円に膨れ上がり…消費者金融への返済に追われ、則夫さんは後回しになったとのことでした。
少額返済でも時効は5年延長!
娘夫婦だけの秘密を聞いた則夫さん。「貸した金を返さず、飲み代に回すなんて」と愕然。
筆者は「(義息子に)しっかりしろと言いたい気持ちはわかります」と前置きしたうえで、「夫婦の溝を深めますよ」と注意。そこで波風を立てず、回収の余地を残す方法を提案しました。
個人間の借金は延滞から5年で時効をむかえます(166条)。則夫さんの請求権が消滅しないよう、筆者は「千円でもいいので毎月、返済してもらってください」と提案。法律上、返済は金額の大小にかかわらず、債務承認と同じ効力があります。
前述の通り、承認によって時効は振り出しに戻ります(152条。時効の更新)。つまり、毎月の返済により、時効による権利消滅はずっと先送りできるのです。則夫さんは毎月千円の返済、消費者金融の債務整理、そして病院の診察を条件に、返済条件の変更を認めたのです。