あきこの「おとしもの」
「もしかしたら、りかのお兄さんの車のなかに落としちゃったかもしれないの、ハンカチ」
電話口のあきこは、切なそうにつぶやいた。私が高校生のときにプレゼントした大事なハンカチを、なくしてしまったのだという。
「私いまからお兄ちゃんに鍵借りてみてくるよ。見つかったらあした大学で渡すから」
「それじゃダメなの!」
突然あきこが大きな声を出してびっくりする。
「…自分の目で確かめたくて」
「そ、そう。わかった」
電話を切ってから、そんなにハンカチを大事にしてくれてたんだとうれしくなる。あきこに大きな声を出されたことなんてすっかり忘れていた。
次の日。
「ありました!ありがとうございます」
兄の車の助手席の下に、ハンカチが落ちていたという。
「よかった。気づかなくてごめんね、今週車運転しなかったから…」
「いえ、大丈夫です!」
「そうだ、お詫びに…って、あきこちゃん、指どうしたの?」
兄が驚いてあきこの手を取る。私が視線をやると、指から血が出ていた。
「わ、なんだろ?どこかで引っ掛けてケガしちゃったのかも…」
あきこがサッと手を隠すと、兄は慌ててあきこの腕をつかんだ。
「手当、手当しないと!ほら、家入って」
そのままあきこの背中を押して玄関までつれていく。私も後ろで「大丈夫?痛くないの?」と声をかけた。
兄はあきこをリビングに連れて行くと、棚のなかから救急箱を引っ張り出した。幸い傷は深くなく、あきこは絆創膏を巻いて家に帰った。
そして次の日、兄がおどおどしながら私のもとにやってくる。
「車のシートに血がついっちゃってて…血液ってどうやってとればいいのかな」
みると、助手席の座る部分にうっすらと血の跡がついていた。薄いグレーのシートだったから、色がよく目立つ。
あきこがハンカチを探したとき、ケガした手でつけてしまったのだろう。1日経ってしまった血はとれそうにない。仕方なく、兄は助手席にクッションを敷いて血を隠すことにした。