あきこの思惑
「あのさ…もう来ないでほしい。正直言って、迷惑」
あきこを家の外まで送って、私は思わず本音をこぼした。また泣き叫ぶんじゃないかとおびえながら本音を伝えた。
「想像できない?自分の家に四六時中友達がいて、本来なら私がいるはずのところにそいつがいるの。どれだけ仲がよくても息苦しいよ、自由にできる時間がない!」
「そっかぁ」
「そっかって…」
「じゃあ出ていけば?」
あきこはニコニコとこちらを見つめていった。
「出ていきなよ。息苦しいんでしょ?わざわざそんなところに身を置く必要なんてないよ」
何を言っているのかわからなかった。
「そんなに苦しい思いをしていたなんて、気づいてあげられなくてごめんね」
「何言ってるの…?出ていくのはそっちでしょう?」
「そうなの?」
「そうでしょ!頭おかしいんじゃないの?!」
あきこはそれでも、私の目を見てニコニコと笑っている。
翌朝起きると、またあきこが家にいた。状況は何も変わっていなかった。むしろもっとひどくなっていた。
「りか、最近そっとしておいてほしいみたいなんです。きのうは私に八つ当たりというかすごい怒鳴ってきて…学校でストレスが溜まってるのかも。だからしばらく構わないほうがいいですよ」
あきこの話を聞いた両親が、私をあからさまに避けるようになった。まるで腫れ物を触るような態度で接してくる。兄も私に話しかけてくることが少なくなった。あきこの顔をチラチラ見ながら、申し訳なさそうに私を見るだけだった。
そんな兄に相談されたのは、あきこが家に入り浸るようになって3カ月経ったころだった。大学を出て歩いていると、突然電話が鳴る。顔を上げると、路肩に兄の車が止まっていた。
「ごめん、急に」
「どうしたの?」
「こうでもしないと話ができなくて」
きょうだいで同じ家に住んでいるのに、あきこのせいで話ができないなんて変なの。私は胸にザワザワとしたものを感じながら助手席に乗り込んだ。あのクッションが敷かれていない。
「あれ?クッションは?」
「シート、張り替えてもらったんだよね」
「なんで?」
「血が、不気味でさ」
そう笑う兄の顔は、どんどん真顔になっていく。
「勘違いかもしれないんだけど、あきこちゃんって俺のこと好きなのかな」
「さぁ、わかんないけど…どうして?」
兄の顔はとても喜んでいるように見えなかった。むしろおびえていた。
「最近お弁当、よく持たせてくれるでしょ。いつもお箸入れてくれるんだけど、なんかべとべとしてるんだよね。あとおかずに髪の毛が入っていることも多くて…」
「間違って入っちゃったとかじゃなくて?」
「ううん。言ったんだよね、髪の毛入ってたから気をつけたほうがいいよって。作ってもらってるくせに悪いんだけど、あまりにも続くから」
「どれくらい続いてるの?」
「2カ月」
体中の産毛が逆立った。
「2カ月間も、ずっと?」
「うん、ずっと髪の毛が入っていて、ずっと箸がべとべとしてる」
兄のおびえた顔に、私は息を飲んだ。あきこは、わざとやっているのだ。
そのあと私は兄と少し話して、そのまま家の前で降ろされた。出掛けに行く兄を見送って、私はまたあきこのいる自宅の玄関を開けた。