女の本性
玄関を開けると、すぐ目の前にあきこが立っていた。のぞき穴でずっと外をのぞいていたようだ。靴下のまま、靴も履かずに玄関に突っ立っている。
「お兄さんと一緒だったの?」
びっくりして心臓の音が止まらない。なんとかそうだけど、と絞り出した私は靴を脱いでリビングに入った。
「お兄さん、どこに行くの?」
「さあ」
「知らないの?」
「知らないよ」
「教えてくれないと困るよ」
「どうして?」
「夜ご飯がいるのかどうかとか、聞かなきゃ困っちゃうでしょ?」
「そんなのあきこに関係ないじゃん」
「あるよ」
だって、きょうのご飯当番私だもん。そう言ってあきこは玄関からリビングに入ってくる。このときはじめて、母がいないことに気づいた。
「お母さんは?」
「お母さんはお父さんと2人で旅行だよ。私がプレゼントしたの、いつも頑張ってるからって」
「なんで…?」
あきこはニコニコと笑う。
「喜んでたよ、お母さんとお父さん。数年ぶりの旅行だって。りかもさぁ、もっと親孝行しないとダメだよ?」
「なんで」
私はこぶしを握り締める。
「なんて、あきこが私の両親のこと、お母さんお父さんって呼ぶの?」
「ダメ?」
あきこは首をかしげる。黒い髪がサラリと揺れて、頬にかかった。きょとんとこちらを見つめる瞳に恐怖を感じ、思わず後ずさりした。
「そうだ、りかきょうバイトだよね。はいこれ、夜食べられるようにお弁当作ったのよ」
ピンクの風呂敷に包まれたお弁当を差し出され、私は思わず手で払いのけた。
ガシャン
お弁当が床に落ちるのと同時に、あきこが小さく悲鳴を上げる。風呂敷の結び目がほどけ、なかからおかずが飛び出してきた。ここにも髪の毛が入っているのだろうか。
「ひどい…」
ポロポロと涙を流すあきこを見て、私は一瞬申し訳なさを感じた。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ…」
「アンタみたいなひどい女、お兄さんのそばにいる資格なんてない!」
突然大きな声を出され、私はあきこに伸ばしかけていた手を引っ込めた。あきこは鋭いまなざしで私を睨みつけている。
そのとき、玄関が開いた。
「ただいま」
兄の声だ。あきこはパッと表情を変え、玄関まで走っていった。しかし次の瞬間、あきこの絶叫が聞こえる。
「なに!?」
驚いてリビングから出ると、そこには兄と、兄の彼女が立っていた。仲よく手をつないで、取り乱すあきこをじっと見つめている。
そのままあきこは靴下で家の外に出ていき、2度と帰ってくることはなかった。
「あの子、洋一のことが好きだったんだよ」
「それにしては、行動が気持ち悪すぎませんか?」
兄の彼女は散らかった弁当箱を片付けながら呟く。
「いろんな人がいるんだよ。あの子はこの家の子になりたかったんじゃない?りかちゃんに恨みを持っていて、さらに洋一が好きだったから、何かしてやろう…みたいな。真っ当に方法を考えられないほど、ムカついてたんじゃないかな」
そのとき私は、あきこの恨めしそうな顔を思い出した。
彼女が恋人に振られて泣き叫んでいるとき、私が放った一言で、恨めしそうにこちらを見つめていたあの顔を。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。