愛する妻のために、最高の誕生日プレゼント
「誕生日おめでとう」
夜景の見える綺麗なレストランで、きょうは家族3人でディナーだ。娘もキレイにドレスアップをして、俺たち夫婦の間にいる。
「ありがとう」
妻はうれしそうに笑って、シャンパングラスを傾けた。
カチン、と音が鳴ってグラスがぶつかり合う。それを見ていた娘も自分のコップを突き出して「かんぱあい」と元気よく口にした。
「みっちゃん、しーよ」
妻が娘の口に人差し指を当てる。「やだ」とニコニコ笑う娘がかわいらしくて仕方なかった。周りもみんな俺たちを見ている。ほほえましい光景に羨ましいと感じているのだろう。
「そうだ、これ誕生日プレゼント」
この日のために用意したアクセサリーをうやうやしく差し出した。人気ブランドのネイビーの小箱に入れられたピアスは、大ぶりのダイヤがついた今季の限定品だ。
「ありがとう、うれしい」
少しぐずる娘を抱きかかえながら、妻がアクセサリーを受け取る。
先日のレトルトカレーのことは忘れよう。結局あの後は部下の菊池と飲みに行って、楽しい夕食の時間を過ごせた。こういう些細なことを忘れてあげるのもデキる夫の役目だろう。
「つけてみてよ」
「え、いま?」
「うん。似合うと思うんだよね」
「えっと…」
戸惑い、なんとなく歯切れの悪い妻。ここまでお膳立てしているのに、一体なにが問題なのだ。
「あれ、ピアス開いてなかったっけ?」
「ううん、開いてるよ。でもいまはちょっと、みっちゃん抱っこしてるから」
「ああ、そっち。座らせればいいでしょ」
その言葉で、妻は気を緩めたのだろう。娘は腕からするりと抜けてレストランの通路を駆け出して行った。
「あーあ、行っちゃったよ。ちゃんと抑えてないから」
「だから抱っこしてたのよ」
「こういうところではじっとしているようにって、教えてないの?毎日家にいるんだからさぁ、そういうしつけもちゃんとしないとダメだよ。きょうは誕生日だから大目に見るけど」
パッと妻は目を伏せる。どうやら反省したようだ。そのまま俺と顔もあわせず、妻は娘を探しに行く。テーブルの上で放置されたピアスがかわいそうに見えた。せっかく誕生日だからと用意したのに、つけてもらえずに放置されて、なんてみじめなんだ。
「お客様」
一人でシャンパンを開け、白ワインに切り替えて飲んでいると、ウェイターがいつのまにかテーブルの横に立っていた。
「個室の用意があるのですが、ご利用なさいませんか?お子様用のおもちゃもいくつか用意しましたので」
「ああ、大丈夫ですよ、お構いなく。妻がちゃんとしてないのが悪いんです」
親切な店だ。妻の不手際を気遣ってくれるなんて。
俺が笑ってお礼を言うと妻と娘が戻ってきた。周りの客がまたこちらを見ている。元気で活発な娘、美人でキレイな妻、最高の空間を誕生日に用意したデキる夫の俺。
さぞかし羨ましいだろう、もっと見てくれ。俺は赤ワインを嗜みつつステーキを食べながら、娘を抱きかかえて食事が進まない不器用な妻を見て思った。