まったくの予想外だった事態

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そんなふたりの不倫が終わったのは、想像もしていなかった場面を迎えたからでした。
あるとき、ほかの同僚も交えての残業があり、ふたりはいつものように素知らぬ顔で過ごしていました。
社内に人が少ないときであっても「どこで誰に気づかれるかわからない」と慎重になるのはいつも通りでしたが、このときはBさんが風邪気味で微熱があり、それを手伝っての残業だったのでA子さんは「内心は心配でヒヤヒヤしていた」そうです。
同僚が気遣ってくれたおかげで残業は予定より早く終わり、退社のタイミングでA子さんは「きょうは家まで送っていこうか?」とBさんに提案します。
Bさんの体調が悪いことは同僚も把握しているし、ふたりがA子さんのクルマに乗り込むところを見られても送っていく言い訳がたつ、と考えたのですね。
つらそうだったBさんは「お願いしてもいい?」と同意してくれて、A子さんが彼のかばんを持って駐車場まで歩きました。
すでに明かりの消された駐車場は暗く人影はなく、そのときA子さんは、「少しくらいなら」と、ふたりきりになれた喜びからついBさんの手を握ってしまいます。
Bさんも無言で握り返してきて、体を寄せ合うようにA子さんのクルマに歩くふたりでしたが、次の瞬間のことでした。
A子さんのクルマから数台離れたところに停めてあったクルマのライトが、ぱっと点いたのです。
びっくりしてふたりが体を離すと、クルマから人が降りてくる気配があり…。ライトの前に立ったのはBさんの妻でした。
「!」
隣で息を呑む彼の全身がこわばったことを、A子さんはいまでも覚えているそうです。
苦しい「言い訳」
「妻だ…」
Bさんから漏れた言葉を聞き、A子さんは全身に冷や水を浴びたような衝撃を受けます。
女性は静かにふたりの前まで進むと、Bさんは無視して、「主人がいつもお世話になっております」とA子さんに向かって頭を下げました。
距離は取ったものの「足が地面に張り付いたように動けないままだった」A子さんは、言葉が出ないまま慌てて一礼します。
同じように固まっていたBさんでしたが、自分の妻がA子さんに手を差し出し、「かばんを」と言ったところで我に返ったのか、「来てくれたのか」と低い声で言葉をかけたそうです。
Bさんの妻は41歳。小さな会社の事務員として働いていることは聞いていましたが、「女っ気がなくて」と肩をすくめていたBさんの言葉を裏切るように、フレアスカートに柔らかいニットで身を包み、薄めだけどきれいにメイクされた顔でまっすぐにこちらを見る姿は「美しかった」といいます。
何と言えばいいのかわからず、求められるままにBさんのバッグを妻に渡したA子さんを見て、Bさんは「きょうは具合が悪いから、送ってくださるところだったのだ」と妻に話しかけます。
「そうでしょうね」
間髪入れずにぴしゃりと返された言葉には、明らかな棘が感じられました。
そのときのことを、A子さんはこう振り返ります。
「奥さん、Bさんを全然見ていなくて。ずっと私を睨んでいて、本当に怖かった」
“手をつないでいるのも、ふたりが肩を寄せ合って歩くのも、見られていたのだ”。
心臓が爆発したように重く大きな音をたてるのを聞きながら無言でいると、Bさんはぎくしゃくとした動きで妻のもとへ歩き、踵を返した妻と一緒にライトの点いたクルマへと消えていきました。