油断と恐怖
2回、3回とデートを重ねたが、私の気持ちはあまり航大さんに惹かれなくなっていた。むしろすっかり冷めきっていた。
というのも、航大さんは連絡の頻度がとにかく多い。こちらの返信が遅いときは、催促も含めて何通も送ってくるのだ。
『寝ちゃった?』『仕事中かな』『お昼何食べたの』『おーい』『元気ー?』『まさか無視してないよね』などなど…。私が友人たちと旅行に行ってて2日ほど返せなかったときは通知が50件も溜まっていた。
さすがに異常だと思い、このまま連絡先をブロックしようかと考えていた。
「おかえり、あかねさん」
仕事を終えた帰り道。駅の改札を抜けると突然声をかけられた。
「こ、航大さん?」
彼はニコニコと近づいてきて、私の目の前に立った。
「サプライズ!」
呆然としている私を前に、彼はまだ話し続ける。
「どう?驚いた?喜んでほしくて、きちゃった」
「お、驚いたっていうか…なんでここが」
「いつもこの駅で降りるから」
そうだった。姉に言われた忠告を突然思い出す。何も気にせず最寄り駅で降りてしまっていた。航大さんはいい人だからと、すっかり警戒心なんてなくなっていたのだ。
「最近忙しいんだね。連絡もあまり返してくれないし。心配で来ちゃったんだ」
「そ、そっか」
「家まで送ってくよ。夜遅いし」
時刻は19:30。きょうは残業でいつもより遅くなってしまったから、たしかに外は暗い。
「ううん、大丈夫!寄るところあるから」
なんだかザワザワとした恐怖を感じて、私は思わず嘘をついた。
「どこ?どこに寄るの?」
「ジム!ストレス発散に、最近通い始めたんだよね」
これは間違いではなかった。たしかにジムに併設されているヨガ教室を最近申し込んだ。しかし、それは土日だけである。
「そうなんだ。じゃあそこまで送ってくね」
「いいよいいよ、すぐそこだから!」
「そんなに送られるのが迷惑なの?もしかして嘘ついてる?」
「つ、ついてないよ」
「じゃあいいよね。ほら、行こ」
航大さんは突然私の手を引っ張り、駅の出口へと歩いていく。
激しい動悸が止まらなかった。サァ、と血の気が引いていく。はじめてデートしたときのドキドキとは違う、これは恐怖。本当に善意で送ってくれようとしているのか、それとも…。
仕方なくいつも通うジムの前に着き、私はお辞儀をして航大さんと別れた。
ジムの受付に話をすると気を使って裏口から帰らせてくれたが、そんな私の行動を読んで裏口で待っていたらどうしようと思うと、足が震えて止まらない。
家まで歩いて10分の距離だが、私はタクシーで自宅に帰った。
もう、会わない。
自宅のなかに入ってもまだ動悸が止まらなかった。何とか深呼吸してみるものの、恐怖がちっとも消えない。
本当の彼氏で、大好きな人で、相手の素性もしっかり知っているのなら、たしかにうれしいサプライズだっただろう。
でも婚活サイトで知り合ってやっと1カ月、デートしたのはたったの3回。相手がどんな人なのか、まだそこまで詳しく知らない。しかも連絡頻度があまりにも多くて、もう会うのはやめようと思っていた相手。
そのとき、ぶぶ、と携帯が震えた。新着メッセージが1件。
『帰りも気をつけてね。迎えに行こうか?土日は会えるかな』
迎えになんてきてほしくなかったし、会いたくなかった。しかも「迎えに行く」ということは、まだジムの近くにいたということか。
そう思うと怖くなって、私は部屋のカーテンを片っ端から閉めた。
1時間後。お風呂から上がってスマホを見ると、航大さんからのメッセージがもう1通届いていた。
『おーい、終わった?』
ぞわぞわと怖くなって、私はしばらくスマホの画面を見ながら固まった。そのままそっと航大さんのアカウントをブロックして、婚活サイトを開く。
この婚活サイトには、24時間いつでも相談に乗ってもらえるコンシェルジュサービスがついていたのだ。
慌てて問い合わせをし、ことのいきさつを説明するとすぐに航大さんと婚活サイト上でのやり取りができないよう調整してもらえた。
「気をつけないとじゃん、バカ」
自分にそう言い聞かせながら、通知の鳴らなくなったスマホをじっと見つめる。
私がジムから出てくると思って、航大さんはまだあのあたりにいるのだろうか。私と連絡が取れなくなったと知ったら、怒って何かしてくるだろうか。
悪い想像ばかりが広がって、私は自分の警戒心のなさを心底恨むのであった。