タワマン暮らしを始めた主人公の恵。住民同士のマウンティングや理不尽ないじめなど、あらゆる噂を耳にしていたが、実際には快適すぎる暮らしが待っていた。
しかし、そんな恵はある日タワマンの共用スペースで思わぬ場面に遭遇してしまう…。
- おもな登場人物
- 田中恵(私):この物語の主人公
- かなで:恵の姉
- 吉川さん:恵の下の階に住む住人
憧れのタワーマンション

※写真はイメージです image by:Shutterstock
私、田中恵が入居したのは都内でも有名な高級タワーマンション。24時間のコンシェルジュサービスに加え、ジムやパーティールームなど充実の共用スペースまでついてくる。敷地内には公園やコンビニもあって、最高の環境だった。
著名人も多く住まうと聞いていたが、意外にもマンション内で会うことはほとんどない。
てっきりタワマン内でのいじめやマウンティングがあるのかと思いきや、そんな様子もなし。
「じゃあとにかく快適な住み心地、ってことじゃない」
「そうなのよ、引っ越して本当よかった!」
「さんざん不安だって私に相談してたくせに」
私の目の前に座るのは、姉のかなで。
結婚して突然タワマン住まいになった妹を心配し、様子を見に来てくれたのだった。そもそもこのタワマンを紹介してくれたのも、不動産会社に勤めている姉自身である。
「タワマン、どう?暮らしてみた感じ」
「いまのところすごく快適、文句なしかな。防音もしっかりしてるから騒音も気にならないし」
「あれは?持ち物マウントとかないの?」
「されないよそんなの~!それって都市伝説だよ」
正直、ほかの住人がどう思っているかはわからない。だけど持ち物にマウントを取られたなんて、私は思ったことがない。ハイブランドでゴテゴテに固めたような人も、意外と少ない。
そのおかげで「想像してたよりもずっと過ごしやすい」と入居してからずっと感動している。
でもそれは、私が「何も知らない」からだった。
豊富な共用スペース、その一角で

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「わぁ、すごい広い!」
タワーマンションの高層階には、共用のプールがある。ほかにもジムやパーティルーム、キッズスペースにシアタールーム、バーラウンジまで。住人が使える施設が豊富にそろっているのだ。
「マンション内にプールがあるって最高だなぁ」
「本当だね」
夫とそんな話をしながら、つかの間のスイミングを楽しむ。
「俺、ちょっと本気で泳いでくる!」
がらがらのプールは泳ぎ放題。私たちのほかに3組ほどのカップルがいるだけだ。
平日の昼間だからかもしれないが、平日休みの私たちには好都合である。こんな大きなプールをほぼ貸し切りで使えるなんて。
「あれ、あっちにジャグジーもあるんだ」
広々としたプールの一角、まるいジャグジーバスがあるのを見つけて私は思わず近寄った。そこには先客がいた。
「こんにちは」
「まぁ、田中さん」
ジャグジーのなかにいたのはひとつ下の階の吉川さんだった。茶色いセミロングのストレートヘアで、とても上品な人だなと思っていた。
そして吉川さんの隣には、男性。体格がよく、短髪で肌がこんがり焼けている。
「ご主人ですか、はじめまして。11階の田中です」
私がお辞儀をすると、隣の男性はニコッと笑って「どうも」とだけ口にした。吉川さんがその様子を見て少し困ったように笑っている。
夫婦の時間を邪魔しちゃ悪いな、そう思って私はその場を離れた。