「ほかにもいますよ」

image by:Shutterstock
「いまの人、さっき話してた吉川さんの不倫相手だ」
「えっ、嘘!?同じタワマンの住人だったの!?」
姉と2人で顔を見合わせる。
タワマン内で知り合って不倫関係に至ったのだろうか。それとも前から知り合いで、どちらかが不倫しやすいようにタワマンに引っ越してきたのだろか。
「両方ともタワマン内に住んでるなら、もう絶対バレないよね。いま不倫がバレたら、チクったって疑われるのは恵かもよ」
「なんで私?」
「だって恵が目撃しちゃったタイミングだし」
たしかにそうだ。それで逆恨みなんてされたらたまったもんじゃない。
不倫はよくないことだけど、ただのご近所さんのトラブルに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。
「私も不倫するならタワマンに引っ越そうかな」
「やめてよ、姉が不倫中なんて嫌だよ」
「冗談だってば」
笑う姉を見送り、エレベーターに乗り込む。まさか同じタワマン内で不倫だなんて。もしバレたとき、お互いの家族はどう思うのだろうか…。
そんなある日、私はまた吉川さんに会った。
「こんばんは。いまお帰りですか?」
いつもの優しそうな表情で笑いかけてくる吉川さん。エレベーターに一緒に乗り込み、ドアが閉まった。
「あ、あの…この前プールで見た人って」
「5階の小林さんですよ。驚きましたよね」
あっさり言っちゃうんだ、と素直に驚く。不倫を隠す様子がまるでない。もうすでに私が目撃しているからだろうか。
「夫には言わないでくださいね、めんどくさいことになるので」
「はぁ…あの、これって不倫ですよね?」
「ふふ、そういうことになりますね」
「バレたら大変じゃないですか。いや、私は誰にも言いませんけど、結構堂々としてるなって」
「…もしかして田中さん、はじめて?」
「へ?」
ベルの音とともに、吉川さんの部屋がある10階にエレベーターが止まった。
「タワマン内で彼氏作ってる人、ほかにもいますよ。一番バレにくいですし…お互いに弱み握られているようなものだから、他人の不倫バラしてやろうなんて考えに至りませんよ」
そのままドアが閉まり、吉川さんの姿が見えなくなる。
そういえば平日の昼間に共用スペースを利用すると、夫婦らしい組み合わせできているひともいた。あのなかに、不倫カップルもいたのかもしれない…。