気の早すぎるチャイルドシート
1カ月後。
「もっと時間かかると思ってたのに」
家の駐車場に停められた、真新しい車を見て少し笑ってしまう。さっきから秀一は車をうっとり眺めてから少し撫で、またうっとり眺めるのを繰り返している。
「へへ、かっこいいよな」
最初は驚いたけれど、こんなにうれしそうにしている秀一を見ていたらいい買い物だったなと思ってしまう。
「よかったの?コツコツ貯めてた貯金使っちゃうなんて」
「いいにきまってるだろ!これに乗って、みんなでキャンプに行くのが俺の夢なんだ」
「そっか、ありがとう」
それに、家族のために自分の貯金を使うなんて。
秀一の豪快さと優しさ、思い切りのよさに驚きながらも、うれしくて仕方なかった。家族のことをそこまで大事にしてくれてるのかと思うと、飛び跳ねそうなくらい幸せだった。
「ねえ、私も乗りたい」
「じゃあちょっと、ドライブでも行く?」
「うん!」
恐る恐る助手席に乗る。新車の匂い、真新しいレザーの香り。後ろをみると、後部座席に大きな物体が設置されていた。
「ねえ、あれって」
「ちょっと気が早いかなと思ったんだけど、チャイルドシートも買っちゃった」
ダークグレーのチャイルドシートが、後部座席に鎮座している。まだ妊娠してすらいないのに、気が早すぎるよと笑ってしまった。
「ごめん、プレッシャーになっちゃうかな」
「ううん、素直にうれしい」
「よかった」
先走りすぎな秀一のおっちょこちょいな行動に少し呆れながら、私はいまの幸せをかみしめた。
その日秀一が連れて行ってくれたのは、初デートで足を運んだ夜景のキレイなスポット。高速道路に1時間ほど乗ってたどり着く、人気のデート先だ。
付き合いたてのころの気持ちを思い出して、夜風を浴びる。このままこの幸せが、ずっと続きますように。
「先輩」
呼びかけに驚いて顔を上げると、会社の後輩が目の前にいた。いたずらっぽい笑顔で私の顔をのぞき込んでいる。
「大丈夫ですか?ニヤニヤしすぎですよ」
「ご、ごめん」
そうだ、いまは後輩とランチ中だったのだ。
秀一が新車でドライブデートに連れてってくれたんだと後輩にのろけているうちに、いつの間にか思い出に浸ってしまっていた。
「いいなぁ先輩、めっちゃラブラブじゃないですか。うらやましい」
「そうかな」
「そうですよ。私も結婚するなら先輩夫婦みたいになりたいな~」
パスタをくるくるとフォークに巻き付けて、後輩がうらやましそうに呟く。
「車って、どんなやつですか?私SUVってイマイチどんなのかわかってなくて」
「うんとね、あ、ほら。あの信号にちょうど停まってるやつ」
ちょうどお店の前に信号待ちで、秀一が買ったものとまったく同じ車が停まっていた。
「へぇ、かっこいい」
「でしょ?」
そっくりな車に、またも秀一を思い出す。きょうは新車で初出社。後輩や同僚に自慢してるのかな、なんて考える。
そのまま車は信号を超え、高速道路の入口へと入っていった。ああ、高速に乗ってドライブもいいな。今週末のデートにどうだろうか。秀一に提案してみよう。