裏切り、絶望
嘘だと思った。不倫なんて勘違いだと思った。仲のいい女友達とか、なれなれしい取引先の人とか、そんなもんだろうと。
あんなに優しくて、みんなが「いいな」と羨むほど完璧な秀一がまさか、不倫なんてするはずない。
妊活を提案してくれたのも秀一だ。家族が増えるにあたって、新車を全額自分の貯金で買った人だ。先走りすぎてチャイルドシートまで買っていた。
どうしてそんな人が、不倫なんてするのだ。
「ぜったい嘘、嘘だよ。勘違いだよ」
私は仕事の帰り道、スマホの画面を眺めていた。まさかそんなことあるはずないと、秀一のスマホに追跡アプリを仕掛けてみたのだ。ここ1週間はなんの動きもナシ。秀一は定時で上がって帰ってくる。
きょう動きがなかったら、私の勘違いだったということにしようと決めていた。
「秀一が、そんなことするはずない」
しかし、私の願いも虚しく秀一の車はその日、あの高速道路を走った。行き先は隣の県のラブホテルだった。
「嘘でしょ…」
たまたま近くに立ち寄っただけ、たまたまだよ。
しかし、車は3時間ホテルに止まったまま。
アプリの画面をそっと消して、私はスマホでホテルの名前を検索する。もしかしたらビジネスホテルかもしれない。取引先の人との商談が、ホテルのロビーで行われるのかもしれない。
しかし、そのホテルはまぎれもなく、仕事で使うようなホテルではなかった。休憩、宿泊と大きく書かれた看板に、お城の様な外観。
大きなキングサイズのベッドに、黒い革張りのソファーとガラスのテーブル。壁に飾られた大画面の液晶テレビと、広々としたお風呂。薄暗い照明に照らされた部屋の写真が、呆然とする私に現実を突き付けてくる。
数時間後に帰ってきた秀一は「きょうも残業で疲れた」と、何も知らずに口にした。
「ねぇ、そろそろ10月になるけど、舞花の仕事はどう?だいぶ落ち着いた?」
「そうだね…でも、妊活はちょっと待ってほしいかな」
「うん、わかった」
ニッコリと笑う秀一の顔が見られなかった。
だってこの人は未来に希望を持ち、私たちの子どものためのチャイルドシートも積んだままの新車でラブホテルに行って、知らない女と不倫をしているんだから。
それからほぼ1週間おきに秀一は隣の県の同じラブホテルに足を運んでいた。ときには昼に会社を出て、午後からゆっくりホテルに行くこともあった。
いまさらスマホを確認すると、知らない女からの着信履歴がたっぷり残っていた。