思わぬトラブルに、私は…
『ちょっと待ってよ、それでホテルに乗り込むことにしたの?』
電話越しから聞こえる友人の声があまりにも大きくて、私は思わず耳から距離を取る。
「そうだよ。だっていてもたってもいられなくて。このまま証拠をじっくり集めるなんて無理。現行犯逮捕が一番早くない?」
『そうかもしれないけどさ、怖くないの?』
「怖いよ!ホテルのフロントに女が1人なんて、変な目でしか見られない」
『そっち?そこじゃなくて、これから旦那さんと不倫相手と鉢合わせするほうが怖くないかって言ってるのに』
最初は探偵を雇うことも考えた。しかしあまりにも出費が大きい。もう行き先はわかっているのだから、自分で証拠を集めたほうが早いだろう。現行犯で不倫現場を抑えれば言い逃れはできないはずだ。
そう考えた私は、秀一と不倫相手が頻繁に足を運んでいるホテルのフロントで待ち伏せをすることにした。自分でもおかしな行動をしているとはわかっている。しかし、これが最善だと思ったのだ。
そのあとのことはそれから考えればいい。いまはとにかく、秀一の行動が理解できない。何か理由があるのかもしれない。だから、直接聞こうと思った。もう逃げられない状況で。
「位置情報はもうホテルの駐車場についてる。あとはここに入ってくるのを待つだけだ…」
秀一が不倫相手と落ち合い、ホテルにいく周期はだいたい把握できていた。だからこそきょう、わざわざ数時間早く新幹線にのって、隣の県までやってきたのだ。
これできょうはホテルに来ない、なんてことになったら足を運んだ意味がなかったが、予想通り2人はホテルまで向かっている。
ごくりと唾をのむと、ドアの向こうから男女の親しげな声が聞こえてきた。
カツカツと床を鳴らすヒールの音。
聞きなれた夫の声。
入口の自動ドアが開き、その足音が近づいてくる。あと少し、角を曲がれば、私が待つフロントがある。
そして姿を現した秀一に、私は静かに声をかけた。
「秀一、何してるの」
秀一は声も出せず、その場に固まっている。不倫相手がギュッと自分の腕をつかんだままだが、振り解くことも考えられないのだろう。
「ねぇ、ここで何してるの」
ゆっくり秀一に近づいて、手を伸ばした。
「やめてください!」
突然大きな声がする。不倫相手が叫んだのだ。
「私の夫に、触らないでください!」
NEXT:2022年3月18日(金)更新予定
- image by:Samuel Ponce/Shutterstock.com
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。