不倫。それは大切なパートナーを裏切る行為。
しかし不倫をやめられず、夫を傷つけてしまうとわかっていながらも、ずるずる関係を続けてしまう妻もいます。
今回はそんな妻のお話。家庭に一切関心を持たない夫と、愛情を求めてしまった妻。果たしてこの不倫は悪か、それとも許されるのか…。
- 登場人物
- 私:この物語の主人公、夫とふたりの子どもと暮らしている
- 夫:「私」の夫
- 健太郎:「私」の不倫相手
「子ども公認」の不倫相手

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「また飲み会?」
息子がリビングから声をかけてくる。洗面台でピアスをつけながら、私は適当に返事をする。
「いいでしょ、母さんの楽しみなんだから」
「ふーん」
最近後輩に「似合っている」と言われて、調子に乗って買った真っ赤なリップ。唇にしっかり塗り込むと、一気に夜の顔になった。
「ケバいよ」
いつの間にか息子が洗面所の入り口で、身だしなみを整える私を見つめる。高校2年生になってから、息子は一気に大人びた。
ついこの間まで私の腰ぐらいまでの身長だったのに、あっという間に抜かされた。いまはもう夫よりも背が高いんじゃないだろうか。
「夜くらいいいでしょ」
「何時に帰るの」
「22時かな?明日もパート早いから」
「父さんは?」
「さぁ…きょうも終電じゃないかな。毎日大変だよね」
夫は根っからの仕事人間だ。家庭より仕事、昔からそうだった。結婚して20年経ったいまも、夫が仕事一筋なことに変わりはない。休日しか登場しない父親に、もちろん子どもが懐くはずもない。
「連れてくればいいのに」
息子がボソッと呟く。
「無理よ、またこの前みたいなことになったら嫌でしょ」
「そうだけど」
「それに、次はいよいよ離婚になるだろうから」
「…別に母さんだけのせいじゃないじゃん。悪いのは父さんだよ。俺たちに何の関心も向けないでさ」
「そうだよ、私もお兄ちゃんの意見に賛成~」
リビングから娘がわざわざやってきた。中学3年生、受験生である。
「いてもいなくても変わんないもん、お母さんが離婚してケンちゃんと一緒に暮らせるほうが私はうれしいかも」
「ケンちゃんが聞いたら喜ぶよ」
娘の言葉に思わず笑ってしまう。母親の不倫相手を息子と娘が公認しているなんて、世間一般の人が聞いたらどう思うのだろうか。
私が不倫をした理由

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ケンちゃん…健太郎さんと出会ったのは夫の会社のみんなと行ったキャンプだった。毎年恒例となっている家族同士の親睦会で、健太郎さんは夫の後輩だ。
「いつも先輩にはお世話になってて…」
そう言いながら、健太郎さんはまだ幼い息子と娘の相手を親身にしてくれた。
夫が子どもや妻をほっといて上司たちと酒を飲んでいる間、私は健太郎さんの優しさに強く救われたのだ。
1人で子どもの面倒を見て、ほかの家庭の幸せそうな様子を見て、端っこのほうで肩身の狭い思いをし続けるだけの親睦会。ペコペコ頭を下げて、ほかの人の迷惑にならないよう気をつかい続けるだけの時間。
もう、今回で親睦会への参加は終わりにしようと思っていた。
「また会えますよね?お子さんたちと遊ぶの楽しかったので、よかったらまた…」
「ごめんなさい、親睦会への参加は今回で終わりにしようと思っていて」
えっ、と顔を上げる健太郎さんを見て少し胸が苦しくなった。
「そうなんですか…」
「すみません。子どもたちと遊んでくれて、ありがとうございました」
「待ってください。…これ、連絡先です。俺独身なんで、暇してるんで、いつでも呼んでください!」
健太郎さんは私の手に電話番号を書いたメモを握らせる。その後に連絡なんてしなければ、私と健太郎さんが不倫関係になることなんてなかっただろう。
それから数年経って、息子が小学3年生になったとき、初めて夫に不倫がバレた。いま考えたら、あまりにも大胆で軽率な行動だったなと反省している。
小さな子どもを抱えての不倫は難しい。子どもがうっかり口を滑らせるかもしれないし、そもそも会える時間も幼稚園や学校に行っている間だけだ。
しかし、久しぶりの恋愛感情に浮かれていた私は健太郎さんを堂々と家に呼び、息子と娘と4人で頻繁に食卓を囲んでいた。子どもたちにしてみれば、お父さんよりも家にいる不思議なおじさんだったんだろう。
「何してんの」
その日4人でいつものように食卓を囲んでいたら、夫が突然帰ってきた。いや、定時上がりならこの時間なのだ。本来は健太郎さんの座る席に夫が座って、「きょうは早かったね」なんて言いながら夕食を囲むべきなのだ。
夫は自分の席に座っている健太郎さんを見て、はじめて私たちの前で感情をあらわにした。子どもが生まれても大して喜びもせず、家族のことには無関心で、家にいるときはロボットみたいだった夫が。
「なんで健太郎がここにいるんだ」
地獄絵図だと思った。夫を悪者だと思ってポコポコと殴り掛かる息子。健太郎さんを追い出さないでと叫ぶ娘。ひたすら謝り続ける健太郎さん。出て行けと怒鳴り散らす夫。
「俺の何がいけなかったんだ」
離婚を覚悟して夫に謝ったとき、一言だけポツリとつぶやいた。そのあとはまた何事もなかったかのように、再び生活が始まった。