見ていたのは嘘
「それで…付き合ったと」
友人が呆れた顔で見てくる。先日健太郎さんに出会ってから、わずか2カ月であっという間に交際宣言をされるのだから「早すぎる」と言いたくなるのもわかる。
「すごく大事にしてくれるんだよ。海斗とは大違い」
健太郎さんは付き合ってからも王子様みたいだった。
年上らしいスマートさと、レディファーストな紳士的振る舞い。平日の仕事終わりにはいつも車で迎えに来てくれて、ロマンチックなドライブデートを楽しむ。
デート先はおしゃれなレストランか私の家。健太郎さんは仕事で忙しくてあまり連絡が返ってこないけれど、会ったときにはその寂しさを埋めるくらい私を愛してくれている。
「ねぇ、健太郎さんって土日も仕事なの?」
「え?どうして?」
「だってさっきから聞いてたら、その人平日にしか会ってないじゃない」
「…まぁ、そうだけど」
実際、土日のデートに誘っても断られることが多かった。仕事の付き合いで出かけることが多いらしく、「連絡くれても返せないのが申し訳ないから、できれば連絡は平日だけにして」と言われている。
「え、じゃあ平日に連絡取り合うだけなの?」
「うん。平日も…昼間だけかな。夜はすぐ寝ちゃうんだって」
「ちょっと待って、あのさ、もしかしてだけど…その人既婚者じゃない?」
「へ?」
「一応聞いとくけど、電話は?出てくれる?」
「ううん。電話苦手なんだって」
「彼の家は?行ったことある?」
「ううん。どこに住んでるかも知らない」
「あークロだわ」
そんなはずないと思いつつも、友人の言葉が頭に引っかかる。たしかに、健太郎さんの行動には違和感がある。それでも忙しい人だからと言われればそうなんだろうと思うし、秘密主義者の可能性だってある。
だから、私は思い切って本人に聞くことにした。
「俺が既婚者って…それ誰に言われたの?」
「友達に…あ、でも私はそんなこと思ってないよ!ちょっと気になっただけで。違うよね?」
運転席に座る健太郎さんをちらりと見る。夜道を走る車のなかでは、表情がよく見えない。
「違うよ。美波ちゃん、疑い深いんだね」
「いや…そういうわけじゃ」
声色が冷たい。怒らせてしまったのかもしれない。
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったの。気に障ったならごめんなさい」
「いいよ。勘違いされるような行動してるのが悪いんだろうし…でも、今後はそういうのやめてね」
「うん」
私の家の駐車場に車を止めて、はぁとため息をつく健太郎さん。
そのまま車を降りる彼のポケットから、ふいにスマートフォンが落ちた。
「健太郎さん、スマホ落ちた…」
車のシートに落ちたスマホを拾って渡そうとすると、不意に待ち受けが目に入る。健太郎さんと、女性、さらに子どもが3人でなかよく笑っている姿だった。
「これ…」
「ありがとう」
サッと健太郎さんにスマホを取られる。
「見た?」
にこやかに問いかけてくる健太郎さんの目は、笑っていなかった。
「な、なにが?」
「スマホ」
「見てないよ」
「そっか」
ザワザワと心のなかを動く不安が、私の思考を止めていく。
さらに数日後、私は不安を大きくしていた。生理が2週間も遅れている。健太郎さんが既婚者かもしれないという不安から?それとも幸せすぎた日常にストレスを感じていた?それとも…
「まさか妊娠してないよね…」
NEXT:2022年5月27日(金)更新予定
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。