もう一度前に進むきっかけを

image by:Unsplash
同窓会での一件があってから、私は海斗や健太郎さんへの未練を完全に手放すことができた。怒りや悔しさがなくなったわけではない。しかし「あんな最低な男たち、むしろこっちがごめんだわ」と吹っ切れたのだ。
心に重荷がなくなると、なんだか身軽になる。仕事に対して抱いていた不安もどこかスッキリとなくなっていた。
「美波ちゃん、ちょっといいかな」
話しかけてきたのは上司の上島さんだった。最近はプロジェクトも降りたし、ミスをしたような記憶もない。何の話だろうと内心ビクビクしながら、上島さんのほうを向く。
「今度、新しくこの企画を進めることになったの」
そう言って上島さんが差し出してきたのは、前回途中まで任されていたプロジェクトと同じくらい、大きなボリュームのある内容だった。
「美波ちゃんがよければ、なんだけど…この前のプロジェクトの反省を生かして、また挑戦してみない?」
もちろん、と言いかけて、止まる。前回のミスが頭をよぎった。仕事で前に進むためには挑戦するのをやめてはいけないだろう。しかし失望された一件が少しトラウマになっていた。次はもう、ないかもしれない。
「今週中に返事、くれたらうれしい。無理にとは言わないから。とりあえず資料に目を通してみて。メンバーとしては参加してもらいたい」
「はい…」
私の迷いを察したのか、上島さんがファイルだけ置いてデスクから離れていく。
悩んだまま退勤時間になり、スマホを見ると一通のメッセージが届いていた。
「先日の同窓会、楽しかったね!もしよかったら今度ランチでもどうかな」
吉永くんだった。
「同窓会で再会して、そのあとにランチに誘ってくるって…。都合よくヤれそうって思われてるのかな?それともビジネス勧誘?」
どっちにしろ、そうだったら逃げればいいか。
先日のお礼もかねて会ってみようかと、私は吉永くんとランチの約束を取りつけた。
それから3日後の土曜日。私たちは駅前のスープカレー屋にいた。
「ここ、雑誌で特集されててずっと来てみたかったんだよね」
「そうなんだ。私もスープカレー好きだから、楽しみ」
まさか初デートの場所がスープカレー屋とは思わなかった。ロマンチックさとは少し程遠いものの、ほんのり安心する。さすがにこんなところでビジネス勧誘はしてこないだろう。
「あれからあの男、連絡してこない?大丈夫?」
「うん、吉永くんのおかげかも。一切連絡来ないよ」
「よかった…結構心配でさ。もっときつく言っておけばよかったかなって」
「ううん、大丈夫」
照れくさそうに笑う吉永くんを見て、緊張がゆるむ。
「そういえばこの間の同窓会で仕事のこと話してたじゃない。最近も忙しいの?」
そういえばそうだったと同窓会の記憶を呼び覚ます。
「うーん…そうだね。また新しいプロジェクトやってみないかって先輩に言われたんだけど、失敗が怖くて返事を保留中」
「そっか…一度失敗すると、なかなか前に進むのって怖いよね」
「そうなの。どうしたらいいかなぁって…」
はは、と笑いながら吉永くんのほうを見る。彼は心配そうにこちらを見つめていた。
「ごめん、吉永くんにこんなこと話してもって感じだよね」
「いやいや、いいんだよ!悩んでいることや困っていることは人に話したほうがスッキリするよ。考えもまとまって、答えをだしやすいんじゃないかな」
「なるほど…」
「俺アドバイスとかは苦手であまりできないけど、話を聞くことならいくらでもできるし」
任せて、と言わんばかりに胸を張る吉永くんが頼もしかった。
「ありがとう」
「それに…俺、美波の支えになりたいなって思ってるから。困ってるときはいつでも頼ってきてほしい」
「え?」
「ごめん、急にこんなこと言って。俺さ、高校のときからずっと美波が好きだったんだ。この前同窓会で会って、また好きだなぁって…思って…」
突然の告白に思わず目を丸くする。
「あのそれって…告白ってこと?」
「あ、うん。いや、えっと…」
吉永くんが顔を真っ赤にして慌てている。
「そう。そうなんだ…ごめん、もうちょっとデートしてから言うべきだったんだろうけど…」
告白が冗談ではなかったことを知り、思わず私も赤面する。
「ええと…ありがとう、うれしいけど…あの…」
「すぐに返事しなくていいから!またちゃんと気持ちを伝えるから。それまで、アプローチするチャンスを数回くれたらうれしい…です…」
まさかの恋の始まりに、また心臓が大きく動く。
これまで感じていた不安や怒り、虚しさによるドキドキではない。運命だと勘違いしたときの、妙な心のドキドキでもない。
また、仕事も恋も前に進んでみていいだろうか。そう思って、私はこれから訪れる未来に少しだけ期待を寄せた。
- image by:Shutterstock
- ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。