夫の帰宅が遅い理由

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その日、駅から急ぎ足で歩いていると弘が目の前にいた。
「弘」
「おお、めぐみ。いま帰り?」
「うん。きょうは弘も早いんだね」
「いつもこの時間だよ」
「え?でも私のほうが家に早く着くじゃない」
「あー。俺、仕事終わってからいっつもあそこの屋台で一杯やってんだよね」
「…は?」
「一杯飲んでから帰ってんの。だってめぐみ、ご飯作るの遅いじゃん。俺腹が減って耐え切れないし」
笑いながら話す弘の横顔を、思わず殴り飛ばしたくなってしまった。私はこの人にチクチク言われるのが嫌で毎日急ぎ足で、どこにも寄らずに帰り、ビクビクしながら料理をしているというのに。
「寄り道してるくせに、帰ってきたら文句言うの?」
「文句?当然の権利でしょ~俺頑張ってんだから」
「私だってあなたと同じだけ働いてるけど」
「でも事務でしょ?俺営業だもん、歩き回ってクタクタ」
「関係なくない?」
「関係あるって」
怒りがこみあげてくる。怒鳴りつけそうになる。職種の違いで優劣をつけるな。営業だからって何が偉いの?事務だからってどうして見下されなきゃいけないの?一生懸命働いているのは誰だって同じでしょう。
「ほら、早く帰んないと。きょうもご飯出来上がるの遅いぞ~」
私の気持ちなんてちっとも知らず、弘が肩にポンと手を載せてくる。私は思わずその手を払いのけ「最低」とだけ口にし、家に向かった。屋台に入って行く弘を置いて。
結局その日帰ってきた弘は、また私の料理に対して「遅いしメニューが微妙」と文句をつけた。
「屋台のおじちゃんはすぐにつまみ出してくれるよ。居酒屋とかもそうじゃん。頼んだらすぐ出てくるでしょ?めぐみにはそういうスキルないの?お料理教室でも行けば?」
頭の中で、何かがぷつんと切れる音がした。洗い物をしていた手を止める。
「黙ってても料理が出てくるのは、お金っていう対価を払ってるからでしょ?」
「じゃあ俺だって生活費っていう対価を渡してるし」
「生活費なら私も払ってる。料理に文句を言う暇があるなら手伝ってよ!屋台に行く時間があるなら早く帰って米ぐらい炊いてよ!」
「無理だよ、俺疲れてるし、料理苦手だし」
「私だって疲れてるし料理だって得意じゃないわよ!」
家事は全部折半。お互いに協力し合ってやろうね、そう話したはずなのに。気づけば料理の負担は全て私が背負わされていた。
「じゃあどうすれば満足なの?手伝えば満足?最初から手伝ってって言えばいいじゃん」
「はぁ…?」
呆れた。たしかに言わなかった私も悪いのかもしれない。でも、自分がこれまで言ったことをまずは謝ってほしかった。
弘に抱いていた家族としての愛情が急激に薄れていくのを感じ、私は弘と話し合うのもやめた。もう話しても無駄だなと思ってしまったのだった。