救世主
良晴とデートした次の日の日曜日、美月はパパ活サイトで知り合った男性に会っていた。
「ホテル行こうよ、そしたらもっとお金あげるよ」
「ごめんなさい、身体のお付き合いはちょっと…」
「ええ?断るの?俺はお金あげるって言ってるんだよ」
「でも、心の準備ができてなくて」
「じゃあホテルに行きながら準備しようよ。そうだなぁ、10万円あげるよ」
「えっ…」
美月は金額に目がくらみ、ホテル行きを了承しそうになっていた。さっき一緒に食事してもらった1万円。それに加えて10万円。つまり日給11万円だ。
「食事10回するよりさ、1回寝たほうが効率いいよ?ほかの女の子もみんなそうしてるよ」
「そうなんですか…」
「うん。こういうことするのまだ慣れてないでしょ?僕ほかにも女の子何人かと付き合いあるんだけど、みんなそうだよ。食事だけっていうのは最初の2~3回だけ」
「そうなんですね…」
すごく、嫌だった。気持ち悪いと思った。でもお金のためだと考えたら、たった2時間我慢すればいいんじゃないかとも思った。1時間の食事で1万円もらうよりも、2時間の我慢で10万円もらえたほうが効率がいいんじゃないか?
「じゃあ、私…」
「おい、何してんの」
ホテルに行きます、と言おうとしたときだった。突然後ろから聞きなれた男性の声がした。
「あ…か、ける…」
良晴の親友であり美月の幼馴染の翔が、美月へ向かって近づいてくる。
「お友達?」
男性は美月の様子を見るなり、怪訝そうな顔で口にした。
「すみません、知り合いで」
「そっか。残念、タイミング悪かったね。はいこれきょうのぶん」
男性はがっかりした顔で美月に封筒を渡す。
「知り合いに会いそうな場所をデート場所にするのはやめてよ。君も困るでしょう。僕じゃなかったら怒られてたよ」
男性はそう言い残すと、その場を足早に立ち去った。
「何、いまの、誰。なんにもされてない?」
翔は美月のそばに駆け寄り、美月の顔をのぞき込んだ。急に不安と緊張の糸が切れ、美月は涙が込み上げてくるのを感じる。
もし翔がいなかったら、きっと身体を売り渡していた。そしてもう、二度とパパ活から抜け出せないところまで進んでいたかもしれない。ますますパパ活にハマっていたかもしれない。
それにもしあの男性が悪い人だったら?ホテルに連れ込まれてどんな危険が待っているかわからない。安全である可能性なんてないのに、10万円のために命を無駄にしていたかもしれないのに。
ボロボロと涙が流れてくる。翔は美月の手を取って、黙ってどこかへと向かった。
たどり着いた先は静かな公園だった。
「良晴がね、私の顔の変化に気づいてくれなかったの。私、かわいくなってないのかな。あとどれくらい努力すればいいのかな。もう一緒にいる意味ないかもね、とまで言われたんだよ。ひどいよね、こんなに頑張ってるのに…まだ足りないのかな」
翔が買ってきてくれたアイスカフェオレを持って、うつむき気味に話す。
美月がなぜあの男性と会っていたのか、翔は理由を一切聞かなかった。だから美月は翔に対して、良晴への不満を素直に口にできた。
「美月、そもそも…そもそもだよ、良晴が二股をかけてるのが一番おかしいんだよ。そんな男に美月が振り回される必要なんてどこにもないよ。美月がなんで、良晴のせいで自信をなくさなきゃいけないんだよ」
「でも」
「でもじゃない。でもなんていうな。俺は良晴の親友だけど、いまはあいつの親友でいるのが恥ずかしいくらいだよ。彼女泣かせてどうすんだよ」
「翔…」
「美月が化粧したほうが可愛い?可愛くなるためにみんな化粧してんだから、誰だって化粧したら可愛くなるだろ。美月は化粧してても可愛いし、化粧してなくても可愛い。どんな姿も愛してやるのが彼氏だろ」
翔は拳を握り締めながら口にする。
「俺は沙織のことも知ってる。あいつも…美月は聞きたくないかもしれないけど、すごくいい子なんだよ。良晴のこと疑いもせず、ずっと信じてるんだ。俺、何度も沙織と美月に言おうと思ったよ、あいつが二股かけてるって。でも…絶対傷つくってわかってたから、怖くて言えなかった」
美月は翔の横顔をじっと見つめる。
「あいつは俺の大事な幼なじみと、大学からの友人の、2人の女性を傷つけてる。最低なくそ野郎だよ。美月が捨てられる心配なんてする必要ないんだよ、心配するべきは良晴のほうだ」
立て続けに良晴への怒りを口にする翔に、美月は何も言えなかった。むしろ、これまで捨てられないようにと頑張っていた自分が空しく感じた。
「美月、これだけは約束してほしい」
「なに?」
「自分を犠牲にするのはやめろ。可愛くなりたいと思うのを俺は否定しないけど、そのために自分を犠牲にしないで。俺は、それがすごく悲しいから」
美月は翔の苦しそうな表情を見てようやく気づいた。二股かけてる男のために、何してんだろう、自分って。