ただ、「可愛いね」と言われたかった
「きょうでパパ活は終わり、もうあんな男のために自分を犠牲にするのはやめる」
そう決意した美月だったが、最後に一度だけ、とパパ活サイトで知り合った男性との待ち合わせ場所に向かっていた。「顔合わせのお茶だけで2万はどうですか?30分で大丈夫です」というメッセージに引かれたのだ。
顔写真は載っていないが爽やかそうな印象。年齢はちょうど自分の父親と同じくらい。
これで最後、もう絶対しない。良晴のために、自分を安売りしたくない。
「お待たせしました」
決意を胸にパッと顔をあげる。その男性の声が聞き慣れた声であったと気づいたのは、彼の顔を見た瞬間だった。
「美月、何してんだよ」
良晴だった。
「…え?」
どうしよう、待ち合わせしてるのに。キャンセルしなきゃ。美月はとっさにスマホを見る。
「ああ、えっと、友達と待ち合わせしてたの、良晴も?」
「俺は美月と待ち合わせしてた」
「え?」
「きょう、休日出勤だから会えないんじゃなかったの?」
「えっ…と」
「おじさんと会う予定だったの?」
「あの…」
「美月がずっとメッセージしてたそのおじさん、俺だよ」
サァ、と血の気が引いていく。意味がわからなかった、どうしてバレたの?
「俺の父さんの身分証明書。父さんには申し訳ないけど勝手に借りて、パパ活サイトに登録したんだよね。まさか使うのに5000円もかかるとは思わなかったけど…まぁ探偵雇うより安いかと思って」
ここじゃなんだから、と良晴は美月を自宅に無言で連れていく。久しぶりに足を踏み入れた良晴の部屋で、美月は正座になり、ガタガタと震えていた。
「なんで、気づいたの…」
「まぁずっと怪しいなって思ってたんだよね。それで、この間のデートのとき…ごめんなんだけど、スマホ見た」
「えっ…」
「いろんなおじさんとやりとりしてんじゃん。援助交際だよね、それ」
「ち、ちがう。そういうのじゃない」
「だってお金もらってヤるんでしょ?」
「してない!食事だけだもん」
「でも結局はそうだよね。そこまでしてお金もらって何がしたかったの?」
身体なんて売ってない。そこまでしてない。良晴のためにお金を稼ぎたかっただけなのに。拳を握ると爪がてのひらに食い込んだ。おととい整えてもらったばかりのジェルネイル。次良晴と会うときのために、可愛くしてもらったのに。
「…整形、したかったの」
「はぁ?」
「可愛くなりたかったの。だって、良晴二股かけてるじゃない!」
「はぁ…何言ってんの。俺二股なんてかけてないよ」
「嘘言わないで、私知ってるんだから」
「だから何?それで整形するの?俺のせいってこと?顔にメスいれるのも、おじさんとデートするのも、全部俺のせいだって言いたいわけ?」
言葉にできない怒りが美月の体中を駆け巡った。
愛する人に、ただ「可愛いね」と言われたくて、二股相手よりも自分だけを見てほしくて。そんな思いで努力しただけなのにどうしてこんなに否定されなきゃいけないんだ。
追い打ちをかけるように良晴が口を開いたそのとき、インターホンが鳴った。