本当に大事なもの
ドアを開けた良晴は絶句し、そのあとドタドタとした足音とともにリビングのドアが開いた。そこに立っていたのは沙織と翔だった。
「翔、おまえ…」
「うるさい、良晴は黙って」
沙織は良晴をピシャリと怒鳴りつけ、美月の前に座った。
「美月さん、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、あなたにひどいことをしていました」
「あ、あの」
「翔くんに全部聞きました。本当に、ごめんなさい」
沙織は頭を深く下げる。美月が顔を上げると、翔が悲しそうな顔をしていた。余計なことしてごめん、とでも言いたそうだった。
「良晴。全部聞いたよ。あなたがそんな最低な人だって知っていたら、私付き合っていなかった」
「沙織、誤解で…」
「誤解?くだらないこと言わないで。彼女がここまで苦しい思いやツラくて、痛い想いをしてまで可愛くなろうと頑張ったのに、あなたはそれを全否定。こんな気持ちにさせてるのはあなたでしょ、パパ活をさせたのもあなたでしょ。まさかそんな人の気持ちを考えられない人だなんて…がっかり」
「待ってよ、俺が頼んだわけじゃないよ!」
「追い詰めたでしょう」
「追い詰めてなんて…」
「二股かけてたくせに偉そうな言い訳しないで」
「でも整形まですることないだろ!理解できないよ、そのためにパパ活なんておかしいだろ!そこまでして可愛くなる必要なんてない…」
はぁ、と沙織の大きなため息が部屋に響く。
「っていうか…私も整形してるけど、あんたのためにやってるわけじゃないから。別に良晴に理解してもらおうなんて思ったことない。可愛くなろうと思うのはこっちの勝手でしょ。他人が口出ししないでくれる?」
良晴は沙織の顔を呆然と見つめる。
「美月さん、行きましょう。ちゃんと謝りたいので外で話しませんか?」
「は、はい」
沙織は美月の手を取る。美月は言われるがままに立ち上がって、良晴の部屋を飛び出した。
「あ、あの、沙織さん…」
マンションを出てしばらく歩いたところで、美月は沙織に声をかける。沙織はパッと手を離し、改めて美月に向き直った。
「本当に、ごめんなさい」
「わ、私のほうこそ…ごめんなさい」
美月も頭を下げる。
「あの、ありがとうございます。良晴にいろいろ言ってくれて…でも私が良晴のために整形したのは事実だから」
「きっかけがそうだったとしても、良晴が美月さんを否定する権利はどこにもないです。理解できないなんて言うのはおかしい。大丈夫、美月さんはちゃんと可愛いです。すっごく素敵です。私が言えることじゃないかもしれないけど、自分を責めないでください」
「沙織さん…」
「にしても。ほんっと、許せないあの男…」
沙織はギリギリと唇をかみしめ、良晴のマンションを睨みつける。
美人の顔がゆがむのを見て、美月は少し「この人も私と同じ人間なんだ」と思ってしまった。勝ちたい、と思っていた気持ちはどこかに消えた。どれだけ見た目が違っても、中身は同じ人間だったんだ。そう思うと少しホッとした。お互い被害者だ。そもそも競うのがおかしかった、あんな男なんかのために。
「やけ酒しましょ。整形の話もしたいです。私いまフィラー考えてて…」
「あ、それなら私受けました。○○クリニックだったんですけど…」
歩き出した2人の後ろから、翔が走ってくる。
「2人とも、大丈夫?」
「翔、ありがとう」
「ううん。ごめん、もっと早く気づけばよかった」
「でも、なんで別れ話してるって知ってたの?」
「ああ、あれは…ただタイミングがあっただけで…」
「嘘つき。翔くん、美月さんにめちゃくちゃ電話かけてたんだよ。それで出ないから、もしかして良晴にバレたのかもって突撃したんだから」
沙織がくすくすと笑うと、翔の顔が途端に赤くなった。
「良晴がパパ活サイト探ってんのは知ってたからさ…心配だったんだよ」
スマホを見ると、たしかに翔からの着信履歴が複数入っていた。
幼なじみの横顔を見て頼もしくなる。持つべきものは友達だな、と思った。翔がそばにいてくれなかったらどうなってたんだろう、整形のためにパパ活がやめられなくなって、良晴にすべてバレて、それでも「別れたくない」ってすがりついていたのかもしれない。
美月はもっと自分を大事にしようと誓いながら、沙織と翔とともに歩き出した。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。