冷めていく気持ち
つまり、康介はきょう最初から誰かとこのホテルに泊まる予定だった。
たしかにワールドカップも開催されていたし、スポーツバーにも行ったのだろう。小野寺くんに確認してもいいと言ったくらいだから、本当にみんなで観戦したのだろう。
でもそのあと、終電を逃してビジネスホテルに泊まったというのは嘘で、最初からリゾートホテルに一泊する予定だったのだ。
なぜならこのホテルは、予約しないと泊まれない人気のホテルだから。ワールドカップでにぎわっているきょう、当日予約が取れるとは思えない。
「嘘をついてまで、誰かと泊まりたかったの?」
リゾートホテルに1人で泊まっているとは思えなかった。
「まさか、リコじゃないよね」
口に出した瞬間、康介への気持ちが急に冷めていった。バカらしい。嘘をつくような男に振り回されるなんて、くだらない。
たった一度の人生を、なんで夫の不倫なんかに振り回されなきゃいけないんだろう。まだ子どももいないのに。恋人同士だったら絶対に振ってる。一度不倫をしたのなら、二度目もあるにきまってる。
「自分の人生を数年削ってまで、再構築したいと思えない」
言い聞かせるようにつぶやいた。
「一度失った信頼は、もう取り戻せないよ」
次の日、康介は昼すぎに帰ってきた。「寝すぎちゃった」といわれたが、それが嘘なのもわかっていた。最初からそうやって言い訳するつもりだったんだろう。
冷めきった自分の気持ちを、客観的に見つめる。自分が他人みたいだった。もしかして最初から、大して愛してなかったのかな。本当に愛してたら、もっと感情的に怒るのかも。一度くらいならって許すのかも。でも、もう離れることしか考えられない。
私の思いなどまったく知らず、へらへらとしている康介を見て寒気がする。とはいえまだ不倫が決定したわけじゃない。
私はこっそり、自宅のカギに着けていたエアタグを康介のバッグの底に忍び込ませた。そして小野寺くんに、「リコについて聞きたいことがあるんだけど」と連絡を送った。自分でも、自分の冷静すぎる行動が怖かった。