仕返し
リコは噂を否定していないという。むしろ「大変だったね、大丈夫?」なんて康介に言い寄っているらしい。また不倫するのか、せっかく夫が許してくれたというのに。
「もともとリコさんと先輩の関係を疑っていた人は『奥さんのせいにしたいだけだろ』って言ってるんですけどね、俺も否定して回ってはいるものの…なんか腹立っちゃって。先輩があんな感じの人だと思わなくて」
「そうだよね、私もびっくり。自分のことしか考えてないなんて」
「すみません、大変なときにこんな話して…余計イラつきますよね」
「ううん。教えてくれてありがとう。これでスッキリ嫌いになれる」
「そうっすか…」
小野寺くんとの電話を切り、また段ボールに洋服を詰める。あした、引っ越しのトラックがくる。それまでに荷造りを終わらせて、さっさと康介の前から姿を消そう。
幸い、慰謝料は一括で払ってくれた。そんなに貯金を隠し持っていたのかとびっくりしたが、離婚後も付き合いを続ける必要がなくなってラッキーだった。
義理の両親への連絡は康介がしたという。しかし小野寺くんの話を聞く限り、どうせ『真琴の不倫が原因で』と言ったのではないだろうか。義理の両親は真実を知らずに、私を恨んでいるかもしれない。離婚するとなっても私に電話ひとつよこさないのは、そういうことだろう。
私の両親は電話で報告したとき、一瞬黙って、すぐに「わかった」と言ってくれた。殴り込みに行こうかと父親が言いだしたが、もう解決したからいいと断った。
ちょうどいいタイミングで、母親から電話がかかってくる。
「真琴の部屋、掃除しておいたから、あした帰ってきたらすぐ使えるよ」
「ありがとう、お母さん」
「…もっと早く相談してくれたらよかったのに」
「お母さんたちを巻き込みたくなくて」
「そう…」
「それに私、いまはなんだかスッキリしてる。離婚してよかったかも。子ども産んだ後だったらもっと大変だったと思うし……」
「そうね、まぁ、そうなんだけど」
「お祝いしないと」
「ずいぶんポジティブね」
「ポジティブに考えないとさ、こういうときこそ」
母親の心配そうな声を聞くと、余計明るくふるまいたくなる。私は母親との電話を切って、荷造りを再開した。
それに、あしたは康介の会社に保険証を返しに行くことになっていた。せっかくだからそこで少し復讐してやろうと考えて、私は引っ越し準備を黙々と進めるのだった。
「こんにちは、小林です」
康介の会社の受付に足を運ぶと、前回USBを渡したときと同じ社員が座っていた。噂話を聞いたのだろう、一瞬ハッとした顔になる。
「お待ちしておりました」
「部長さんともお会いする約束をしているのですが、いらっしゃいますか」
「ええ、いま呼びますね」
母親との電話を切った後、私は康介の会社に電話をした。康介の直属の上司に「お騒がせしたお詫びがしたい」と言って、5分ほど時間をもらうためだ。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
康介の上司は少しひきつった表情で私を別室に案内する。
「すみません、急にお時間とってもらって」
「いえいえ…」
「これ、保険証です。お返しします」
「ありがとうございます」
「今回はお騒がせしてしまい、申し訳ございません」
「お騒がせなんてとんでもない、なんにもないですよ」
「そうですか?私の不倫が原因で離婚することになったって、噂が流れていると聞きましたが」
「ああ…」
「康介が流してるみたいですね、その噂。すみません、別れたとはいえ、うちの元夫が」
「いえ…」
気まずそうな顔で相槌を打つ上司に、私はそっとスマホに保存していた動画を見せた。
「これ、見ていただけます?」
「これは」
「離婚の原因が私の不倫だって言いふらされるの、本当に不快なんです。事実無根ですし」
「あの、これ…」
「康介とリコさんです。不倫してるのはあの2人ですよ」
「まさか」
「自分たちの不倫を棚に上げ、なぜか私のせいにしているみたいですね。本当、厄介な2人です」
上司はスマホの画面を見て口をあんぐり開けている。
「それじゃあ、噂を訂正したかっただけなので、これで」
「あの」
「はい?」
「…ほかにも証拠とかは、あるんですか」
「ええ、弁護士に依頼したこちらの内容を見ていただければわかるかと。あと、これが話し合いのときの映像ですね」
上司は私が出した証拠や書類を黙って見つめ、コクリとうなずいた。
「ありがとうございます。そして、うちの社員が申し訳ございませんでした」
「なんで部長さんが謝るんですか、関係ないじゃないですか」
「いえ、私の管理の甘さも原因だと思います」
頭を下げる上司の姿を見て、この先の康介のことを考える。これが果たして復讐に繋がるのかどうかはわからないが、でたらめな噂を訂正できてよかったと、前向きに考えることにした。
数日後、小野寺くんから連絡がきた。あのあとリコが部署移動になり、康介は県外への転勤が命じられたという。
物理的に距離を離されたリコと康介がこの先も関係を続けるのは難しいだろう。部署移動のとばっちりをリコの夫が受けていたら申し訳ないが、悪いのはリコなんだから仕方がない。
実家のリビングで久しぶりにほっとひと息つきながら、私はやっと、安心するのだった。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。