焦る男と動じない女
次の日の夜9時。
「ただいまー」
利樹と中塚のいる我が家に、私は予定より1日早く帰宅した。
「えっ、直美!?2泊3日って言ってなかった!?」
鍵を開けると、慌ててリビングから利樹が走ってくる。玄関には中塚の靴が置いてあったが、私は知らないふりをした。
「うん、最初はそうだったんだけど…予定より早く終わってね。せっかくだからさっさと帰ってきたの。夜ご飯はもう食べた?」
「あ、うん。食べたよ」
知ってるよ。さっき映像で見たもん。2人でなかよくオムライス作って、卵にケチャップで「スキ」って書いてたよね。気持ち悪い。
「そうなんだ。私も軽く食べてきたんだよね…もう疲れたからお風呂入って早めに寝るね」
何も知らないふりをして、そのままお風呂場に向かう。
さすがに入浴している間に出ていくだろうと思っていたら、なんと中塚はそのまま家に隠れていた。どこにいたのかは知らないが、布団にもぐってこっそりカメラの映像を確認したら、リビングのソファーに堂々と座っていたのだ。
「バレたらやばいよ、悠ちゃん」
「大丈夫だよぉ。奥さん、出張で疲れてるんでしょ?起きるわけないじゃん!」
ソファーで小声でいちゃつく2人を呆然と見つめる。
隣の寝室で妻が寝ているというのに、こいつらは何の危機感も抱いていないのか。
怒りと悔しさで流れる涙を止められなかった。私はその映像をブツリと消し、強く目をつぶった。
リビングから物音が聞こえてくる。聞きたくない声が、シンと静まり返った家にかすかに響く。
吐きそうだ。私が何をしたって言うの。どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの。ただ、幸せな夫婦生活を続けたいと願っていただけなのに。
こんなことなら社会人サッカーなんて禁止すればよかった。サッカーをしていなければ、ケガもせず、入院もせず、中塚に出会うこともなかったのに。どうしようもない怒りを関係のないスポーツにぶつける。
目を閉じ、耳をふさいでも、「どうして」という心の叫びを止められなかった。
結局そのあと中塚が帰ったのは夜中の3時だった。
不倫男女に制裁
土曜日、私は利樹のリハビリについていった。利樹は明らかについてきてほしくなさそうだったがそんなの関係ない。これ以上あの女との関係をほおっておくのは限界だ。
それにもう十分証拠はそろった。絶対に2人が言い逃れできない核心的な証拠が映像として残っている。万が一消されても大丈夫なように、スマホだけではなくパソコンやSDカードにも映像を保存した。
「あ、奥さまお久しぶりです~!」
リハビリに利樹を送り届けようとすると、廊下の奥から中塚が小走りで近づいてきた。
「大村さん、すごくリハビリ頑張ってますよ!この調子だと回復も早そうですね」
ハキハキとした丁寧な物言い。あのときはただ「頑張っている新人看護師」としか思っていなかった。でもいまとなっては、この不気味な丁寧さが不自然に見えて不愉快だ。
「はは、そうなんですね」
「病院内で待たれますか?お出かけされてても大丈夫ですけど…」
「待ちます。師長さんに話したいこともあるので」
「あ、そうなんですね。わかりました!」
この子は、自分がこれから地獄に突き落とされることなんて何も知らない。
ただの患者と看護師を装い、よそよそしい態度で挨拶を交わす利樹と中塚を見て心のなかでニヤリと笑った。
「大村さん、お待たせしました」
利樹がリハビリルームに入り、中塚がその場からいなくなって5分後。ナースステーションから看護師長が走ってきた。
40台前半くらいだろうか、黒いショートヘアにフチなしの眼鏡の女性。入院中は少ししか交流がなかったが、「どうしても師長に話したいことがある」と言うと快く時間を取ってくれた。
「どうされました?何かリハビリの件で不安なことでもありましたか」
「いえ、看護師の中塚さんのことなんですけど」
私はベンチの隣に腰かけた師長に、病室で隠し撮りした写真を見せる。
「中塚さんとうちの主人、入院中から不倫してるんですよね。これ、問題じゃないですか?」
写真を見て呆然とする師長に、少し申し訳なさを感じる。家庭内のいざこざに巻き込んでごめんなさい。でも、病院的にも問題じゃないですか?
何も知らずリハビリに励む利樹が、ガラス越しに手を振ってきた。
NEXT:2022年11月4日(金)更新予定
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。