真実
私は利樹の転院先に健康診断の予約を入れた。日時はリハビリの日と同じ。
「健康診断で行くんだもん、鉢合わせても仕方ないわよね」
当日車を走らせながら、私はもうすでにがっかりしていた。
ほとんど気づいていたからだ。病院にはきっと中塚がいる。転院先の病院は、きっと中塚の再就職先だ。
そうじゃないのなら、かたくなに付き添いを拒む理由がわからない。新しい看護師に手を出した?どっちにしろ最低だ。
きょうは滅多に着ないワンピースを着てきた。髪の毛も束ねて帽子を深くかぶり、軽い変装までした。万が一待合室で利樹に出会ったとしても気づかれないようにするためだ。
病院の受付を済ませ、待合室に座る。少しあたりを見渡すと、スマホをじっと見つめて座っている利樹がいた。変装してきてよかったと私は胸をなでおろす。
そしてすぐに、あの聞きなれた明るい声がした。
「6番でお待ちの方~!」
中塚だ。診察室が並ぶ廊下からひょこっと顔を出し、待合室に向かって声をかける。私がぎろりと彼女を睨んだとき、利樹が待合室の椅子から立ち上がった。
「こんにちは、どうぞ〜!」
明らかにウキウキとした笑顔で、中塚は利樹と共に廊下の奥に消えていく。私はお手洗いを探すふりをして、こっそり2人の後を追いかける。
中塚と利樹は最初、看護師と患者の距離を保っていた。尾行に気づかれたのだろうかと不安になりつつ、自分の変装がバレていないことを信じてついていく。そして廊下の途中にある非常階段の影に、2人は突然隠れた。
「まさか」
小走りで近づきながら、スマホのカメラを起動する。
スマホのレンズを何気なく非常階段に向けながら、視線だけはずっと前を見たまま、私は廊下をゆっくりと進んでいく。
「どうされました?」
突然後ろから知らない看護師に話しかけられた。
「すみません、お手洗いを探していて」
帽子を深くかぶりなおし、平然を装う。
「そうですか、あちらです」
看護師は私の様子を不審に思うことなく、お手洗いまで案内してくれた。そのとき改めて見た非常階段には、もう2人の姿はなかった。
お手洗いの個室に入り、動画を再生する。何も映ってないかもしれない。すぐに看護師に話しかけられてしまったし、もしかしたら死角に入っていた可能性もある。
私は少しの望みをかけ、動画の再生ボタンを押した。
そこには、あろうことか病院内で熱いキスを交わしている中塚と利樹の姿があった。
病院でこっそり会ってまで関係を続けたいの?連絡先を消したのを見せて、GPSアプリまで仕込んで、「不倫してません」とアピールしたのも、全部嘘だったんだね。
わかっていた。また裏切られているのはもう、理解していた。
しかし、少しでも「信じてみようかな」と思っていたのも事実だ。まさかここまで裏切られるとは思いたくなかったからだ。
「ありえない…」
もう涙も出なかった。
「おかえり」
その日、私は何事もなかったかのようにリハビリから帰ってきた利樹を出迎えた。
「ただいま。疲れたぁ」
「はは、そりゃそうだよね」
「うん。リハビリってやっぱ大変だね。気合いも必要だわ」
「いやいや、リハビリだけじゃないでしょ、疲れる理由」
「え?」
これで最後。こんなくだらない話し合いをするのはもう、きょうで最後。
「中塚と病院でこっそり会ってたから、気疲れしちゃったんでしょ?大変そうだね、みんなに隠れてこそこそイチャつくの」
私は先ほど撮影した動画を利樹の前に差し出した。
「これは、違う。違うよ!俺じゃない」
「もういいわ、もう無理」
「違うって、直美聞いて。俺の話…!」
「私、きょう同じ病院にいたんだよ」
唖然とする利樹を見て、鼻で笑いそうになった。
「離婚しよ」
嫌だ、いやだとすがりついてくる利樹の声に、もう何も感情が湧いてこない。
「もう二度としないから、約束するから!」
「え?したじゃん。誓約書まで書いたくせに、結局してんじゃん」
「きょうで最後にするから!お願い」
「知ってる?二度あることは三度ある、って」
「直美…」
「さよなら」
次の日、私は中塚が働き始めた病院に「夫が看護師と不倫している」とクレームをいれた。
すると中塚がほかの患者にも手を出していること、奥さんから訴えられて大問題になっていることが判明。中塚はふたたび病院を自主退職し、逃げるように徳島にある実家に帰ったと聞いた。もちろん、このことは利樹にも伝えた。
私は義父母にも利樹と中塚の不倫のすべてを話し、無事に離婚が成立。ふたりに慰謝料を請求した。
この先また利樹と中塚が関係を持とうがどうしようが、私にはもう関係ない。…が、これだけ痛い目を見たのだから、おそらくもう会うことはないだろう。
やっと解放されたと思うと同時に、どうしようもない虚しさで涙が止まらなかった。久しぶりの涙だった。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。