義母の授乳

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「じゃあきょうはお義母さんが預かってくれたの?」
「そう、髪の毛切りに行っておいで~って快く送り出してくれたよ」
「めっちゃいいお義母さんじゃん、うらやましい!」
親友の営む美容院でヘアカラーをしてもらいながら、私はファッション雑誌に目を通す。
「あたしのお義母さんなんて、旦那に預けて出かけるって言ったら『パパがかわいそう』って言ってくるんだよ?母親は身を削って子どもの面倒を見るもんだって言うんだから。いいなぁ~香織のお姑さん優しそう…」
「うん、すっごい優しい…。この間乳腺炎で倒れかけてたんだけど、ずっと恵介の面倒見てくれてさ。病院にも付き添ってくれるし、正直旦那より頼りになるよ」
「子育て経験者ってだけで強いよね。にしても羨ましいわぁ」
親友のうらやましそうな声を聞きながらお義母さんのことを思い出す。羨ましい。その一言で片付くならいいのだが。
それはきのう、恵介が寝ている隙にお風呂に入ってたときだった。泣き声が聞こえて、私は慌てて風呂場を出る。
「恵介―、ママいま行くからねー」
慌てて身体を拭いて脱衣所を後にした。泣き声はまだやまないが、どうやら義母に抱っこされているらしい。義母が孫をあやす声が聞こえている。
「すみませんお義母さん、きっとミルクですよね」
慌ててリビングの戸を開けると、そこにいたのは自分の胸をさらけ出し、生後四カ月の恵介の唇にあてている義母の姿があった。
「…お義母さん?」
「お腹空いたみたいよ、飲むかしら」
「お義母さん…あの、そう言うのはやめてください」
義母の孫への授乳姿を見て、体が震え、大きな声をあげそうになった。そんな思いをグッと抑え、やんわりと声をかける。
そっと近づいて義母の胸元を隠し、恵介を抱き上げた。
「でもね、お腹空いてるのよ?授乳しないと」
「ミルクがありますから。いつもミルク、飲んでるじゃないですか」
「でも…ミルクばっかりじゃ飽きちゃうでしょう?」
「そんなことないので大丈夫です。すみません、ありがとうございます」
急いでミルクを作りながら、泣いている恵介をあやす。
「ミルクを作る時間で授乳できるでしょう」
「…まぁ、そうかもしれませんけど」
母乳の出ない自分を否定されているみたいでイライラした。そんな私の気持ちを知ってか知らずか義母がふたたび声をかけてくる。
「最近のミルクはとても優秀ですもんね。ごめんなさい、母乳が出ないのが悪いといっているわけじゃないのよ。気を悪くしないでね。ただ…私が力になれればと思って」
そうですか、としか言えなかった。
ただただ気持ち悪かった。息子に授乳しようとしている義母の姿が脳裏に焼き付いて離れない。あんなに大好きだった義母なのに、いまは気持ち悪くて仕方がない。
その日の夜、私は夫の優一に昼間あった出来事を話した。
「見間違いじゃないの?母さんが母乳なんてでるわけないじゃん」
「出る出ないじゃなくて、確かにあげようとしてたのよ。乳首をくわえさせようとするっていうか」
「じゃあそうさせておけばいいでしょ。どうせ出ないんだから」
「はぁ?そういうことじゃないじゃん、そういう行為自体が嫌だって話で」
「それくらい許してやれよ。母さんのやりたいようにやらせておけばいいじゃん。香織は母さんにいろいろ世話になってるんだからさ、そんな文句言えないでしょ?」
美容室の椅子に腰掛け、ぼんやりと雑誌を眺めながらきのうの出来事を思い出す。
雑誌には「子連れ旅行におすすめの温泉宿」と書かれていた。義母と一緒に行くのも、前は悪くないと思っていた。でも、いまはなんだか気持ち悪い。
「いい人なんだけどな」
ポツリと呟いて雑誌を閉じる。家で留守番している息子を思い出しながら、また義母に授乳されていたらどうしようと少し不安になるのだった。