義弟の居候。気になる「視線」
「つまり、うちに居候させてほしいってこと?」
目の前で頭を下げる男性は、夫の弟。つまり私の義弟だ。
義弟は平日の22時に突然我が家にやってきて、なんと「しばらく住まわせてほしい」とお願いしてきたのだ。
「ちょっと待って、無理だよそんなの。実家に帰ればいいじゃない」
「沙耶さん、頼みますよ。母さんにはぐちぐち小言言われるから嫌なんです」
私だって小言を言うかもしれないのに?という一言をグッとこらえ、「それでも無理です」と義弟に告げる。
「そこをなんとか!」
義弟は「いつかバンドで天下を取る」という野望を胸に生きており、定職につかずアルバイトをしている。
彼女の家に転がり込んでいたが、どうやら浮気が原因で追い出されてしまったそうだ。
「いつもは次の女の子見つけてから別れるんだけど、今回はしくじっちゃって」
「最低でしょ…」
「へへ、最低なんすよ俺。でもやめられなくって」
ニヤニヤと笑う義弟を軽蔑する。
「沙耶、帰る家がないのもかわいそうだしさ、一部屋余ってるじゃん、いいだろ?」
それまで黙って聞いていた夫が突然口をはさむ。
「でもあの部屋は、将来子ども部屋にしようねって」
「何年後の話だよ。大和だってそんな長期間居座るわけじゃないんだからさ、ほら、人助けと思って」
結局義弟は夫の後押しもあって私の家に居座ることになった。これが地獄のはじまりだった。
「ねぇ、大和くんっていつ出て行くの?」
夫と2人きりで話ができるのは寝室くらいだった。義弟が家に転がり込んできてもう1カ月が経つ。
「私、来月から職場復帰なのよ」
「留守番してくれてるから安心だろ?」
「そういうことじゃなくて」
「あ、でもご飯の用意とかが大変なのか。大和の分も用意しなきゃいけないもんなぁ」
「…それもおかしな話じゃない?どうして生活費も渡してこない他人分のご飯を作って、掃除までしなきゃいけないの?自分のことはせめて自分でやってほしいんだけど」
「まぁまぁ、大和も疲れてんだからさ」
「は?私だって仕事始まったらいまよりもっと疲れる…」
「ってか他人って…俺の血がつながった弟だよ?凜にとってはおじさんじゃん」
「でも私にとってみたら他人だわ。ワンオペでただでさえ毎日忙しいというのに、成人男性の世話をしなきゃいけないなんて負担以外の何物でもない。それに…」
私は一度唇を噛んで、大和に出て行ってほしい最大の理由を夫に告げた。
「大和くん、お風呂をのぞこうとしてくるのよ。洗濯ものの下着とかもじっと見ていて…いつも距離が近いし、嫌なの」
「それは気のせいだよ、考えすぎじゃない?」
「考えすぎじゃないわよ、嫌なの」
夫はまったく聞く耳を持ってくれなかった。