義姉と義弟、そして夫に「限界」
さらに悲劇は続く。それは、その日の夜だった。0時を過ぎたころ、突如インターホンが鳴ったのだ。
「こんな夜中に何?」
「俺、見てくるよ」
夫が寝室を出て、モニターを見に行く。嫌がらせだろうか、間違いだろうか。それとも…泥棒?
不安が襲ってきたのもつかの間、玄関の戸が開き、女性の怒鳴り声が部屋中にこだました。
「ねぇ!龍之介が熱だしたんだけど!?うちの子のこと殺す気!?これって虐待だよね!?」
義姉の声だった。あまりにも大きな声に、寝ていた凜がわぁっと泣きだす。
「おい、ふざけんなよ!」
義姉は勢いよく寝室の扉をあけて部屋になかに入ってくる。
「龍之介のこと見とけって言ったのに、なんで熱ださせてんだよ!おかしいだろ、まだ生まれて6カ月だよ!?」
私は胸ぐらをつかまれた。
「姉さん、落ち着いて」
夫が義姉の背後からおどおどと声をかける。
「落ち着けるわけないでしょ!うちの子、死にかけてんのよ?!」
「じゃあ初めからうちに預けなきゃよかったじゃないですか。朝から凜は熱を出していましたし、わたしはそのときあなたに『風邪がうつるからどうしても無理だ』と連絡しましたよね」
「保育士ならうまくやれよ!役立たず!」
わけがわからなかった。勝手に生後6カ月の子を預け、熱が出たら虐待だと罵り、深夜にもかかわらず怒鳴り込んでくる。この人は何を言ってるんだ。
まだ熱も下がっておらず、ぼんやりとした顔の凜が静かに泣き始めた。
「やめてください、子どもが怖がっています」
夫は相変わらず後ろでおどおどとするだけだった。
「お前の子も一生恨んでやる」
義姉はパッと私の服から手を離す。
「覚えてろよ犯罪者。お前のこと、絶対許さないから」
さんざん騒いだ義姉は舌打ちをしながら部屋を出て行った。私はしくしくと涙を流す凜を急いで抱きしめ、覚悟を決めた。
「沙耶、姉さんに謝ってよ…。めんどくさいことになっちゃうよ?」
「私は悪いことなんて何ひとつしてない。むしろもう限界だわ。あなたの弟にも、あなたの姉にも、もう2度と関わりたくない」
「なんでそんなこと言うの?冷たいよ…」
「…じゃあ何?弟のセクハラにも耐えろと?知らない奴のために働けと?姉のわがままを受け入れろと?甥っ子のために仕事を休めと?おかしくない?私、あなたのきょうだいのために生きてない」
「でもさ、ほら、俺の家族だし」
「なんなの、家族だったら何でもしてあげなきゃいけないみたいな考え方。っていうか家族でもここまでしないわ。親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないの?」
「…じゃあなに、大和に出ていってほしいの?姉さんにも近寄るなって?」
「ええ。金輪際2度と私に近づかないでほしい」
私はいまだにベッド脇でぽつんと佇む夫を睨みつけた。
「無理だよ」
夫から発せられたのは、私が一番聞きたくない言葉だった。
「住宅ローンを契約したのは俺だから、この家に住まわせたり招いたりするのって俺の自由だと思うんだよね。沙耶に決める権利はないと思う。それにほら、嫁ってそういうものでしょ?」
プチン、と頭のなかで何かが切れる音がする。
私は次の日、なんとか熱の下がった凜を連れて実家に帰った。
仕事に迷惑をかけるのは嫌だった。あんな奴らに負けたような状態なのも嫌だった。
でもこのままでは私も、そして凜も、ツラくなるのは目に見えていたのだ。
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