ついに決めた「覚悟」
「梨花ちゃん」
リビングのドアを閉めた途端、それまで無言だった義母が声をだした。
「親子の仲をこれ以上引き裂かないでよ!あなたね、嫁のくせに図々しいのよ。突然私の大事な息子を奪って、親子の時間を減らして、偉そうにしやがって!しかもさっきのはなに!?自分の両親を出すなんて卑怯ね!意地汚いことをするならこの家から出ていけ!」
叫び声のように怒鳴り続ける義母を見て、梨花の心はスッと冷めていく。
「…梨花。母さんをこれ以上悲しませないでほしい。俺、梨花は優しい人だと思ってた」
陽一の言葉が梨花の心にとどめを刺すきっかけとなった。梨花は陽一の顔を一瞥し「勝手に私の印象をでっちあげないで」と呟く。
「優しい人だと思ってたのに、そうじゃないなんてがっかりとでも言いたいの?それはあなたの勘違いなんじゃないのかしら」
梨花はリビングのキャビネットにしまっていたクリアファイルから、緑色の紙を出す。結婚時、「夫婦げんかしたらこれ出してみな」と既婚者の同級生にもらった離婚届だ。
あのときは「新婚夫婦に対して失礼だろ」と思ったが、これは正しいプレゼントだっただろう。少なくともいま、ティファニーのピンキーリングよりも役に立っていることは明らかだ。
「想像と違ったのなら、離婚しましょう。あなたと別れても痛くもかゆくもないわ」
「こ、これ…」
ダイニングテーブルのうえに、陽一に見えるように離婚届を置く。ボールペンを手にとって、離婚届に名前を記入する。
「心の狭い女ね!嫁なんだから黙って言うこと聞きなさい!陽ちゃんも、こんな女早く捨てなさい!」
絶叫している義母の顔は、少し笑っていた。
梨花のことを責めつつも、離婚してまた自分のところに陽一が戻ってくるという事実がうれしくて仕方がないのだろう。息子への愛が、少し、いやかなり歪んでいる。
どうせまた陽一は義母をかばうのだろうと想像しながら梨花が陽一の顔を見ると、陽一は呆然とした顔をしていた。
離婚届を見つめ、明らかに動揺している。
そのまま床にドスンと膝をつき、頭を下げた。床におでこがつきそうになるほど、深く。
「梨花…ごめん…俺が間違ってた。頼む。許してくれ。俺、離婚なんてしたくないよ…」
「陽ちゃん!」
土下座をする陽一の肩を、義母が必死にゆする。
「陽ちゃん、顔を上げて!あなたは何も悪くないのよ!」
「いや、俺が悪いよ。梨花の気持ち何にも考えてなかった。梨花のこと幸せにするって誓ったのに…俺…」
「陽ちゃん!」