義父の本音
梨花は土下座する陽一と、横で必死に陽一に訴えかける義母を見て笑いそうになってしまった。バカバカしくて、むしょうに苛立った。
「同居を辞めるなら考え直してやってもいいよ」
「あなた、恥を知りなさい!」
冷たく言い放つ梨花に、義母はなおも噛みついてくる。
「わかった」
義母の思いとは裏腹に、陽一は続いて義母に頭を下げた。
「母さん、別居しよう。新しい住居は俺が探すから、同居を解消してほしい」
「何、言ってるの…?陽ちゃん、母さんが大切なんじゃないの!?」
「うん、大切だよ。でも、俺は梨花のことも大事なんだよ」
「こんな女のどこがいいのよ!」
「母さん…梨花は俺が10年も片思いして、ようやく振り向いてくれた人なんだ。こんなことで大事な女性を傷つけ、手放すのは嫌だ」
陽一の宣言に、義母はがっくりとうなだれる。
「ごめん梨花。結婚したら、もう離れていかないと思ってた。梨花も俺の母さんを大事にしてくれるのは当然だと思ってたし、これくらい許してくれると思ってた。でも…度が過ぎてたね」
梨花は陽一を黙って見つめる。
「許してほしい。これから梨花の信頼を回復できるように頑張るから、どうか離婚を考え直してくれませんか」
陽一が改めて頭を下げたとき、リビングのドアがパッと開いた。入ってきたのは義父だった。
「あなた、聞いてよ!陽ちゃんが」
「もうやめよう、うんざりだ」
すがりつく義母を、義父が冷たく引きはがす。そうして義父も、先ほど梨花が出したものと同じ緑の紙を義母に突き付けた。
「息子に執着するのはもう辞めろと話していたのにやめず、いろんな人に迷惑をかけている君が恥ずかしい。老後、そんな女性と一緒にいたいとは思えない」
「あなた…なんてこと」
「お嫁さんは、お嫁さんのご両親が大事に育てた大事な娘さんだ。君が陽一を大切に思うのと同じように、梨花さんも大切に思われている。君の行動は、その大切に育てられた娘さんを傷つける行為だ。息子夫婦の未来を潰す最低な行為だ」
「だって、私は陽ちゃんにただ愛していてほしくて…!」
「だからってお嫁さんと張り合うのはおかしいだろう。母親ならもっと自信を持てばいいものを…何をそんなに?すまないが、君の考えを理解できる日は到底来なさそうだ」
「あなた!」
義父の足元にしゃがみこみ、義母はしくしくと泣きだす。
陽一はそんな自分の母親を見て複雑な思いにとらわれているようだった。しかし梨花の差し出した離婚届を見つめ、決して義母の肩を支えようとはしなかった。
これは義母自身が乗り越えなければいけない課題なのだと、グッと唇をかみしめている。
義父母は結局離婚しなかったが、同居は解消されることになった。
そのうえ義父が離婚の二文字をちらつかせたおかげで、義母はもう二度と梨花をののしることはなくなった。
義母はいまも定期的に家にやってこようとするが、陽一が「来ないでくれ」と頑なに拒むようにもなり、平穏な日々が続いている。
梨花の指にはいまも、ティファニーのピンキーリングが光っている。
これもまた夫婦の奇妙な思い出だろうと思いつつ、陽一に「この指輪の恨みはまだ残ってるからね」と告げるために。
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