親子の付き合い
残業で、すっかり帰るのが遅くなってしまった。時刻は23時を回っている。
ぐったりした体を引きずり玄関のドアを開けると、いつも通り義父母のリビングは真っ暗だった。階段を上り2階に向かうと、シャワーを流している音がする。
ちょうど1時間前。陽一から「鍋作っておいたよ!先に寝てたらごめんね」と連絡が入っていた。まだ寝ていなかったのかと、梨花は少しうれしくなる。
今朝は陽一のほうが出るのが早かったので、朝からろくに会話もしていない。やはり一日のなかで数分でもしっかり会話できる時間がないと、なんだか心が落ち着かない。
あしたは金曜日だ。梨花は「自分が夕飯を食べている間、一杯飲みながら話せるかもしれない」という希望を抱きながらリビングのドアを開けた。しかし、その思いはすぐに粉々に砕け散っていった。
お風呂場から聞こえたのは、シャワーの音だけではなかった。
陽一と、義母の声。内容までは聞こえてこないが、何やら楽しそうに会話をしている。
ドクドクと鼓動が速くなるのを感じながら、梨花はゆっくり、足音を立てないようにしてお風呂場に向かった。そっと脱衣所のドアを開けると、そこにはエプロン姿の義母がいた。
お風呂場の扉を開け、椅子に腰かける陽一の背中を、義母が脱衣所からうれしそうに洗っている。
「陽ちゃんの背中、本当に大きくなったねぇ。お母さんちょっと寂しいな」
「そんな寂しがる必要ないよ。俺はいつまでも母さんの息子だよ」
「もう、ありがとう陽ちゃん。ずっと母さんと一緒にいてね」
「もちろん。こうやって家も建てたんだからさ、離れる心配なんてしなくていいよ」
リビングに戻っても、梨花の心臓の音は速いままだった。
ふと手元に目を落とすと、小指には義母とお揃いになってしまった指輪が光っている。
ああ、嫌だ。気持ち悪さが胃の奥から湧き上がってきて、つい吐きそうになる。
30過ぎの息子の背中を、母親が嬉しそうに洗い流していた。その光景を何度も思い出し、思い出すたびに胃液が上がってくる。
なんとか気持ちを整えて陽一の作ってくれた鍋を火にかけていると、義母が脱衣所から出てくる。
「あら梨花ちゃん、帰ってたの。遅かったわね」
「はい、残業で」
「そう、お疲れさま。じゃあおやすみ」
「あの」
ニッコリ笑いかけて立ち去ろうとする義母に、梨花は思わず声をかけてしまった。
「あの、お風呂で陽一と何してたんですか」
「ええ?何って、背中流してたのよ。あなたが遅いから」
「…そんなこと、する必要ありますか?」
「あなたは背中、流してないの?」
「ええ」
「ああそう…私はね、陽ちゃんが結婚するまでず〜っと背中を流してあげてたの。だからあなたもそうだったんだと思ってた」
義母は片眉を上げ、挑発的な顔で梨花を見つめる。
「あなたはそうじゃないのね。残念だけど…やっぱり私のほうが陽ちゃんのこと、わかってるみたい」
ふっと鼻で笑い、義母はリビングを出て行く。そのままドアが閉まり、階段を降りる音が聞こえてくる。