冷えていく気持ち
陽ちゃんのことをわかってる。当然だろう、母親なんだから。嫁がそこを超えることは難しい。しかし、だからこそ、そんなところで張り合ってくる義母が理解できなかった。
いつのまにか拭きこぼれていた鍋の火を慌てて消すが、梨花は食欲を完全に失っていた。
さらにお風呂から上がってきた陽一に「母さんが流してくれるって言うから頼んじゃったんだ」と笑いながら言われ、ますます鍋を食べる気がしなくなる。
「食欲ないの?せっかく作ったのに」
「…母親に背中流されているあなたのこと見たから。意味がわからなくて、食欲湧かないの」
「ねぇ、もしかして」
頭を抱える梨花に、追い打ちをかけるように陽一が話しかけてくる。
「嫉妬しちゃったの?俺と、母さんの仲に」
「そんなわけないでしょ」
せっかく作ってもらったんだから、食べなきゃ。そんな思いで見つめていた鍋にそっとふたをする。
梨花のなかで、陽一に対する思いがどんどん冷めていく。
「嫉妬なんてしてない。ただ、気持ち悪くて軽蔑してる」
「ひどいなぁ…梨花、価値観の違いだよ。受け入れなきゃ」
「は?」
「いろんな考え方があるんだよ。まぁ俺はそういう梨花の頑固なところも好きだけどね」
目の奥がカッと熱くなるのを感じたが、梨花はそのまま返事をせずに寝室にこもった。
ベッドにもぐりこみ、空腹を失ったお腹に手を当てる。
陽一は確かに梨花を愛してくれているだろう。10年も片思いして、熱烈なアプローチをし、梨花はその気迫についに負けて了承したのだ。
この人となら幸せな日々を送っていけそうだと思ったから結婚した。これで飽きました、もう好きじゃありませんと言われたら多額の慰謝料を請求してやりたいとさえ思っていた。
しかしふたを開けてみるとどうだ。愛はあっても、マザコンじゃないか。子離れできない母親と、ひとつ屋根のしたで暮らすなんて。こんなことなら結婚なんてしなかったのに。
後悔だけがぐるぐると渦巻き、梨花は唇を噛んだ。
週末、梨花の両親が家に遊びにやってきた。
「二世帯住居、どうですか?お互いにストレス溜まってませんか?」
母親が心配そうに義母に問いかけてくる。義母は張りついたような笑顔で「何にも問題ないですよ。毎日とっても楽しいです」と答えるばかり。
「そう、それならよかったです」
「そうだね、お義母さんと陽一はストレスないと思うよ」
耐えきれず、梨花は母と義母の会話に口をはさんだ。
「だって未だにお風呂で息子の背中流すんだから…楽しそうだよ。しかもストレス溜まらないように完全分離にしたのに、お義母さんはほぼ毎日うちのリビングにいるから…それってストレスあったらできないよね?」
その言葉に、その場にいた全員が固まった。
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