望んでいる「答え」を探そう
…さて、いろいろ例を出して考えてみましたが、「生きるのが辛い」なんて漠然とした、よくわからないようなことを考えてしまっているときにはまず、あなたの視点を変えてみることが大切だということなのです。
「よくわからないようなことを考えている」という自覚がないままに考えていることが、そもそもの問題なのですから。私たちは、「なぜ生きているのか」もわからないし、「本来は幸せになれるはず」という理論が正しいのかどうかもわからない。そうではないでしょうか?
こういうときに確かなことは、あなたが「辛い」ということと、「辛くなくなりたい」ということ。わかっているのは、それだけなのです。「生きるのが辛い」という言葉が浮かんでいるとき、人は孤独を感じています。
独身だとか、心を許せる相手がいないからということは関係なく、「誰かとその思いを共有できていない」という判断から、「生きる」ということを、「独りでおこなっていること」として考えているのです。
「生きるのが辛い」という言葉を誰かに聞いてほしい・誰かと共有したいという想いが少しもなければ、そんな漠然とした、当然かもしれないようなことをわざわざつぶやく必要などないはずですよね。つまりそういうときには、「誰にもわからない自分だけの辛さがある」という自覚をもっているということです。
辛いという自覚をもっている人は、辛くなくなる方法を求める行動をするしかありません。たとえば、病気が辛いのであれば治療する努力を、仕事が辛いのであれば変化を求める努力を、人間関係が辛いのであればあなたが態度を変える努力をしなければ、問題は解決に向かいません。
それぞれにとても難しい問題であることは事実ですが、それにしても漠然と「生きるのが辛い」と考える自分については、「具体的ではない」という点において疑問をもつ必要があります。
そういうことを真剣に考えてみると、「生きるのが辛い」という感情のなかに、自分という人間が望んでいる答えがちゃんと見つかってくるはずなのです。