成人し、自立するときが来ても実家の自分の部屋からいつまでも出ようとしない、いわゆる「子ども部屋おじさん・おばさん」は、実家に依存して生きている状態といえます。
そんな自分が世間からどう見られるかを気にせず過ごせる人がいる一方で、他人から向けられる声によって「その自分」に気がつき、悩むという人もいます。
噂から自分の見られ方に気づいたある女性の苦悩について、ご紹介します。
派遣社員としての勤務を繰り返す40代女性
奈津美さん(仮名/42歳)は、20代のころに専門学校を卒業してから実家を出ることなく、両親と暮らしています。
一人娘の奈津美さんは、専門学校卒業後に就職した会社で人間関係に悩み、3年ほどで退職した過去がありました。
「デザインの仕事そのものは好きなのですが、会社に派閥があってそれに巻き込まれて途中で仕事を奪われたりして、自信をなくしました」
そう振り返る奈津美さんは、退職後はほかの会社に改めて就職したこともありましたが、会社に自分の居場所を見つけられず、数年で辞めてしまったそうです。
それからは正社員として長期間どこかに身を置ける自分に希望を抱けず、派遣会社に登録して期間限定の勤務を繰り返しています。
その自分について、「正社員ではないけれど一応仕事はしている」と納得はしていたという奈津美さん。
両親も就職を迫ることはなかったそうで、家事などは学生時代の延長のまま母親に任せ、自分の部屋で気楽に過ごすことに疑問を持っていませんでした。
「これでいい」と思っていた
奈津美さんはデザインが得意で、派遣先もそのスキルを評価されてお願いされることが多く、自分の力を活かせる仕事は楽しいそう。
勤務の期間が決まっている派遣であっても実績を積むことはでき、またスキルも伸ばせるため、むしろ「この働き方のほうが自分には合っている」と思っていたようでした。
派遣社員として一定の期間を過ごした後、正社員に登用される紹介予定派遣の打診も受けることがありましたが、昔の経験がトラウマになっている奈津美さんには、その選択はありませんでした。
奈津美さんが「これでいい」とずっと思っていたのは、派遣であっても働いていることで、親もその状態に文句を言うことがなかったからです。
デザインという特殊な世界の仕事でもあって、自分の力量を信じていられることも、実家から出ず生活することについて疑問を向けなかった理由と言えます。
世間とズレていく自分
一方で、需要があって初めて叶う勤務なら、1年以上どこにも派遣されないときもあるのが現実。
収入は不安定であり働いていないときは親のお金に頼らざるを得ず、30代の半ばを過ぎたあたりから世間一般の「働く女性」からは程遠い自分を実感したと、奈津美さんは言います。
「専門学校時代から仲のいい友人はとっくに結婚して子どもがいて、デザインの仕事はもうしていなくても幸せな家庭を持っていました。ほかの友人も独身だけど大手のデザイン会社に勤務してバリバリ働いているとか、独身で派遣をしているのは私だけで、肩身が狭い思いはしましたね…」
派遣でも実績は積めるけれど、作ったものは結局派遣先の会社のものにされ、友人のように堂々と「これが私の作品」と外に出せるものはありません。
同じ独身であっても、正社員として高い収入を得ながら恋人とも楽しく付き合っている友人を見ると、劣等感が募ったそうです。
「こんな私じゃ、結婚なんて無理なんだろうなとあるとき思いました。学校を卒業してから付き合った男性は2人で、どちらもすぐ別れてしまったし、30代になってからは出会いもなくて恋愛する気持ちも薄いですね」
そう話す奈津美さんは、このまま独り身でずっと親と暮らしていくのかと、孤独な老後を想像すると気が滅入るため、ひとりの時間はインターネットやアニメの世界に逃げることが増えたそうです。
「食事の支度は母がしてくれるし、自分がすることといえば洗濯くらいで、もうこれでいいやと投げやりになっていました」と話す奈津美さんは、30代の後半からは友人との付き合いも少しずつ減っていきました。
あるとき耳にした噂
そんな奈津美さんが大きなショックを受けたのは、距離ができてもお付き合いをやめることまではなかった数少ない友人たちの間に流れる噂を聞いたとき。
「一番仲のいいAが、『Bがあなたのことをこどおばだと言っていた』と、ある日お茶をしていたときに言い出して。『私が子ども部屋おばさん?』とびっくりしました」
それが世間でどんな意味を持つかは当然知っていて、「自分がそう見られる可能性は考えました」と話す奈津美さんですが、まさか身近な友人たちにそう評価されるとは、思っていなかったそうです。
「私はそうは思ってないからね」とAさんは言い、「Bは何でもずけずけ口にするタイプなので、私と会ったときにそう言うかもしれない」と、Aさんは明かします。
自分と同じ独身ではあるけれど、正社員として働きながら長い付き合いの彼氏と同棲を楽しんでいるAさんに「自分はそう思ってない」と言われても、それ自体が何だかうえから目線のように感じたそうです。
「私なら、思っていないならわざわざ言わないですけどね」と話す奈津美さんは、実はAさんもBさんと同じ気持ちなのではないか、と疑いました。
Bさんとはそこまで親しいわけではなく、その周囲のCさんたちとそんな話題で盛り上がっているのかと想像すると、「もう会いたくない」と思うのは当然で、このまま疎遠にすることを決めます。
「結局、友達の間で私だけが浮いているというか、みんな結婚していたりまともに働いていたりするし、住む世界が違うんだとはっきり感じました。あのときが一番惨めな気持ちでした」
奈津美さんは低い声で言いました。
「生き方」の評価とは
奈津美さんの生活を外から客観的に見れば、たしかに「子ども部屋おばさん」のように実家に寄生した状態であるとは言えます。
奈津美さん自身が悩んでいるように、無職の時期は完全に親頼みの生活になるわけで、就職の予定も独り立ちする予定もなく、結婚を考えるような彼氏もおらず、自分の部屋から出ない生き方をしているのはたしかです。
派遣の仕事について、年を取るごとに依頼が減ってきたという実感も、奈津美さんを苦しめています。
老いた両親に養ってもらえるのはいつまでなのか。それから先、介護の問題などが持ち上がったらどうすればいいのか…頼る先のない奈津美さんの現実は、これからも課題が増えるばかりです。
「私の生き方は、間違っているのでしょうか。でも、どこで修正すればよかったのかがわかりません」
自分なりに必死にやってきたと思っていた奈津美さんにとって、友人たちの心ない言葉は大きな傷となっています。
それでも、奈津美さんが諦めていないのは個人事業主として在宅のまま自立を目指す道です。
「40代ではありますが、これまでの実績もあるし、無理ではないと思っています」と話す奈津美さんは、世間からそう見られている自分に気がついたからこそ、新しい意識が生まれたのではないでしょうか。
人にどう思われようと、生き方を評価するのはまず自分自身です。
未来は変えていけるのだと信じることが、これからの人生を明るくするのだと、忘れてはいけません。
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