私たちは、人がそれぞれ持つ自由意志のもと、行動や選択を行うと考えています。つまり、自発的な行為とは、意識的な心が起動して、そうするよう指示している、という考え方です。
ところが、アメリカの生理学・神経科学者ベンジャミン・リベット(1916年~2007年)は、奇妙な実験を通じて、私たちの常識を覆します。
それは、私たちが意識する500ミリ秒(0.5秒)前に、自発的活動に結び付く脳の活動がすでに始まっているというものです。そのあとで、活動しようという意識が生み出されるというのです。
このリベットが実験から得た結果は、「リベットの遅延」や「2分の1秒の遅延」と呼ばれています。
今回このリベットの実験を紹介するとともに、この実験が私たちの自由意志と密接に結び付く点について、テツガクってみたいとおもいます。
人は0.5秒前の世界を経験する
ベンジャミン・リベットは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校を拠点に活躍した生理学・神経科学者です。
リベットは、感覚刺激は我々がそれを感じる約0.5秒前にすでに起こっていることを実験で明らかにしたことで著名です。これを「タイム-オン(持続時間)理論」とリベットは呼びました。
リベットが行った実験とは、皮膚からの刺激を感じる脳部位に電極を取り付けた患者に、電気パルスによる刺激を皮膚に与えるというものでした。この実験から次のことがわかりました。
それは、「0.1秒のような短い刺激では、被験者の意識にその感覚がのぼらない」ということです。被験者が刺激を意識するには、最低でも0.5秒間の継続した刺激が必要でした。
これに対して大脳皮質の電気反応は、電気パルスの刺激から、わずか数十ミリ秒あとに始まっていました。これは0.5秒に満たない電気パルスでも同様でした。しかし、0.5秒に達しないため、私たちはその刺激を意識できません。
このようにリベットの実験は、刺激が0.5秒間継続して、ようやく私たちの意識経験が生じることを示しています。これは言い換えると、私たちの意識は現実世界の出来事に立ち後れて発生することを意味しています。私たちが感じたことは、0.5秒前にすでに起こっていることになります。
私たちはなぜこの遅れに気がつかないのでしょうか。リベットによると「感覚経験の主観的な時間遡及」がその理由だといいます。
電気パルスの刺激が生じ、これが0.5秒続くと、刺激に対する意識が生じると同時に、その刺激は大脳皮質に電気反応のあった時点(電気パルスの刺激から数十ミリ秒後)にまで、「主観的に前戻し(時間的に逆行して遡及)」されるというのです。
とはいえ、現実には0.5秒の遅れが発生しているのであって、これは場合によって非常に長い時間になります。例えば、自動車を運転していて急に子供が飛び出したとします。このようなケースでは0.5秒の遅れは致命傷になるでしょう。
ところがここで登場するのが無意識です。飛び出してきた子供に気づくのは、目撃してから確かに500ミリ秒後です。しかしブレーキは150ミリ秒後に踏み込まれます。この行為は意識なし、つまり無意識のうちに行われ、しかも子供に気づいた時間は、主観的に前戻しされます。