当事者を守りながら発信すること
本作品はドキュメンタリー映画としてはじめて、ディープフェイク加工を採用していることでも話題となっていますが、その背景を忘れてはなりません。
ディープフェイク加工は、簡単にいうとAI技術によって顔を別人に変えるもの。要するに、ゲイ狩りが現在進行形で行われているチェチェンの当事者の安全のため、作品内に出てくる人たちの顔は隠された状態で作品が進んでいきます。
本作品の冒頭でディープフェイク加工を採用していることの注意書きがありましたが、登場人物の顔を意識して見てもわからないほど、高性能だと感じました。
ディープフェイクは日本では法律で規制されていないものの、賛否両論あるようです。この機能を利用し、ポルノ動画に登場する人を芸能人の顔と入れ替えたり、中傷目的で使われる可能性があるため、一部大手企業では対策に動いているよう。
本作品では、あえてディープフェイクを「フェイスダブル」と呼んでいます。それは、ディープフェイクにより本物そっくりに動画を作るのではなく、真実を語るための手法なのだと。
デジタル加工された当事者たちの顔と声は、真実であるのに変わりはなく、彼ら・彼女らの生々しい心情が十分に感じ取れるでしょう。
ただしディープフェイクの活用の幅は普遍的であり、使用に注意する必要があります。虚構との境をどのように捉えるべきか、ディープフェイクを使用する作品はドキュメンタリーと呼べるのか…。
プライバシーの保護が目的とはいえ、登場人物の声や表情までもが変わってしまうことで、現実とは引き離されるという意見もあります。さまざまな議論が予想されますが、“例外”として本作品のような使用は許容されることもあるのかもしれません。
ゲイ狩りの衝撃な事実
2017年から続くゲイ狩りを映し出す本作品内では、同性愛者であることから身の危険に晒されている登場人物と、当事者たちを救済する活動家の物語が繰り広げられています。
その間に「LGBT活動家が入手した映像」がしばしば挿入されていて、ここまでの暴力が国により正当化されているのかと見るに耐えませんでした。
ゲイ狩りにより捕らわれた当事者たちは拷問され、同性愛者である次の10人を密告しなければ、さらに拷問もしくは殺害を受けることになります。
実際の映像では、男性誘拐者がゲイ当事者をレイプし「カメラで撮れ!」「犯せ、犯せ!」と嘲笑うシーンや、街中の警察に「なんでそんな格好しているのか」と問われ「仮装パーティーだったんです」と答えた当事者が殴られるシーンなど、存在を完全に否定されるという現実が映し出されていました。
また、男性だけでなく女性の同性愛者も標的になります。同性愛者と思われる一人の女性が髪の毛をナイフで切られた後、殴られたり、車から娘を引きずり下ろした親族が、重い大きな石のような物を上から落とし、殺害したとされるシーンが流れていました。
ある人は、捕らわれたレズビアンは身体的暴力を受けて殺されると証言していました。
ゲイ狩りによって拷問された当事者たちは、さまざまな拷問や殺害を受けます。
ある一人の当事者によると、ほかの同性愛者を告発させるために本人の携帯のチャット履歴を事細かに確認され、電話番号からほかの人に尋ねられたり、これ以上の何も情報が出てこないというところまで入念にチェックされるとのこと。
そして、警察に自ら本人の名前と共に「同性愛の罪で捕まりました」と動画内で言わされ、突然開放されたといいます。
本作品内で証言する当事者たちは「顔がバレたりしない?」「声も変えてくれる?」「姿がわからないようにしてほしい」と言い、警戒している様子が見られました。
とはいえ、動画の撮影を許諾する彼ら・彼女たちには、この現実を世に知らせたいと願っているようにも感じ取れたと同時に、国への絶望感や諦めといったものも感じました。