「では、ふたり一組になってください」
子どものころ、クラスのなかで自分だけグループに入れずひとりになってしまったり、ふたり一組になれず、心にもやが立ち込めたことはありますか?
自分がこの世界に必要ないかのような、余りものであるかのような気持ちになったことはないでしょうか。ほの暗く、ひとりぼっちの心になってしまったことは…。
今回は、そんな孤独感に寄り添ってくれる、優しい舞台作品『うるう』をご紹介します。
大人の児童文学『うるう』
主人公は「いつもひとり余る」「いつもひとつ足りない」男、ヨイチ。
ある日、森でひとりで暮らしている彼の住処に、8歳の少年マジルが現れました。
少年はヨイチに、『あなたは森に住む、「うるう うるう」と鳴くおばけなのか』と問いかけます。
もちろんヨイチは違うと答え少年を追い返しますが、追い返した後日も、何度もマジルはヨイチに会いに来るようになりました。
ついには、「友達になりたい」なんて言いはじめ、ヨイチは戸惑います。
ヨイチには首を縦に振るなんて、友達になるなんてできるはずがないのです。
その理由は、ヨイチが大人でマジルがまだ8歳の子どもであるからという理由だけではありません。ヨイチがマジルと友達になれない本当の理由とは…?
脚本、演出、主演はすべてコントグループ、ラーメンズの小林賢太郎さん。
2011年から2020年にかけてうるう年に上演されてきた、おもしろくて切ない「大人のための児童文学」と銘打った舞台作品です。
これまでの公演と同じく、うるう年である2024年2月20日から5月31日まで、広告による収益金を能登震災へ寄付する目的で、公式YouTubeチャンネル「スタジオコンテナ」にて無料公開中。スタジオコンテナよりうるうも絶賛発売中です。
「余る」さみしさ
主人公のヨイチは、子どものころからなにをしても自分だけ「余る」「足りない」「足りたことがない」ことで孤独に苛まれてきました。
大人になってもその悩みは尽きず、ついには森でひとりで生きていくことを選びます。
自分だけ余ったり、足りなかったりすることへの恐怖感は、学校という狭い世界で暮らす子どもにとってとても大きな問題になるもので、筆者もそんな気持ちになった経験があります。
筆者はクラスのなかでよく余る子どもで、学校でふたり一組になったりグループでなにかをするとき、誰とも組めず余ってしまうことが珍しくありませんでした。
「ふたり一組」が必要な授業がある日が、運悪く数少ない組んでくれる友人が休んでしまった日と重なってしまい、先生と組まなければいけなくなったときのあの惨めで恥ずかしい気持ちといったら…。
なので小学生のころは「では、ふたり一組になってください」と先生が言う度、ちゃんと誰かと組めるかどうか不安でドキドキしていました。
「余る」さみしさを抱えるのは子どもだけではありません。大人になってからも、孤独を感じているかたは必ずいます。
過酷な職場で周囲に味方がいない、家族とわかりあえない、恋人や友人と思うようなコミュニケーションが取れず大切にされていないと感じる。人との関わりのなかにいるのに、自分ひとりだけ余っているような辛さ。
子どもから大人まで境遇のなかにヨイチは存在しています。
ヨイチを通して自分を癒やす
ストーリーの合間には、ヨイチがこれまでいかに余り、足りなかったりしてきたのかをコント仕立てで触れていきます。
余った悲しみや足りなかった残念さを、素直に悔しがったり強がってみたりする様子は過去に余ったり、足りなくて悲しい思いをしたことがある人もきっと覚えがあるはず。
少年に対しても初めは本気で遠ざけようと追い払っていたのを、少しずつ彼の来訪を待ちわびるようになったり、話す際の表情に笑顔が混じるようになっていきます。
マジルと出会う前。森でひとりで暮らすヨイチは、グランダールボーという大きな木と話をすることができるので、あまりさみしそうにはしていませんでした。
畑仕事で隣り合わせる野菜の組み合わせを工夫したり、ラジオでオリンピックの放送を聞いたりして楽しそう。
けれども、その後の少年と接する際の変化を見る限りでは、彼は心のどこかで人との交わりも求めていたようにも感じます。
少年マジルとの出会いをきっかけに確実に、頑なだった心を解いていきます。
ヨイチのそんな様子を見ていると、自分が過去に“余った”経験も彼の心が解けていくのと一緒に溶けて、癒されていく気がしました。
あのころの嫌な思いは完全に消えることはないし、いまさらいい思い出には決してできませんが、あくまで乗り越え方や、傷の癒し方のひとつとして作品を通して癒す方法もあるのだと思います。
森を舞台にした少年の登場する物語というあらすじだけを読むと、子ども向けの作品に感じるかもしれませんが、『うるう』はかつて子どもだった大人の過去にあったさみしさにも寄り添ってくれる「大人の児童文学」なのです。
ヨイチがマジルに語った「友達になれない本当の理由」はここでは伏せますが、彼自身の孤独をより一層深いものにした大きな要因であり、実際彼を世界で“たったひとり”にしてしまいます。
彼を孤独にし、マジルとの友情を遠ざけることになった理由と、彼が抱える孤独の行く末にある美しいラストシーンにもぜひ注目していただきたいです。
観劇未経験者にもおすすめ
普段舞台などの観劇は未経験というかたにも、『うるう』はおすすめです。
前述の通り『うるう』はコント仕立てであるという特徴があります。
いわゆるミュージカルや会話劇などの一般的にイメージする演劇作品と、コントのちょうど中間のような雰囲気になっていて「舞台作品を観る」と意気込まなくても気軽に観ることができると思います。
一方で、美しく茂る森のなかにも、人の行き交う街頭の一角にも見える工夫が詰め込まれた舞台装置に、チェロ奏者徳澤青弦による情景豊かな生演奏も添えられ、ふたりの心の動きや自然のざわめき、囁きを表現していて舞台としての要素はとても贅沢。
小林賢太郎さん演じるヨイチのかなしげな表情から、舞台の背景を大きく使ったプロジェクションマッピングまで、見るべきポイントに応じたカメラワークと編集で非常に見やすくなっていて世界観にも入りやすくなっています。
さいごに
『うるう』は、ヨイチがマジルとの心の触れ合いを通して少しずつ心を開いていく様子をコミカルに、ときに切なく描いています。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」とはイギリス出身の映画俳優で監督のチャップリンの名言ですが、『うるう』でもヨイチの悲劇的な人生を、パントマイムや言葉遊び、音遊び、数字遊びをふんだんに使ったコント仕立てにすることで喜劇として観ることができるようになっています。
まさに、ヨイチというひとりの男の人生を描いた作品なのです。
本作を手がけた小林さんも、「4年に一度の閏年にまつわる、世界でたったひとりだけ余った人の物語。でも、悲しい話じゃないから、ご安心を」と、作品に対しコメントしていらっしゃるので、悲しいだけのお話ではありませんのでご安心を。
すでにパフォーマーとしては引退している、小林賢太郎さんのパフォーマーとしての最後の舞台作品『うるう』、ぜひご覧ください。
いつかのひとりぼっちだった心にきっと寄り添ってくれるはずです。
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