自分と同じく子を持つ母親として親近感を覚え、仲良くなったママ友だけど、相手の人間性に疑問を感じると楽しいお付き合いはできません。
それでも、物理的に距離を取りづらいつながりだときっぱりと拒否できなくて、いつも相手のペースに巻き込まれては大変な思いをすることもあります。
それで損をするのが自分なら、どこかで線を引かない限りストレスは続きます。
ある女性はママ友とのお付き合いをどう切ったのか、実例をご紹介します。
普段から「自分の都合にこちらを付き合わせる」ママ友
あゆみさん(仮名/34歳)には、息子が保育園に通っているころに知り合い仲良くしているママ友のAさんがいました。
気さくな性格で何でも話せる反面、電話がかかってきて何時間も愚痴に付き合わされることが度々あり、それが大変だったとあゆみさんは振り返ります。
「こっちが何をしているかとか、お構いなしなんですよね。いまからお風呂に入るところでと言っても無視して自分の話を続けるので、腹が立って別の着信があったと嘘をついて切ったこともあります」とあゆみさんはため息をつきますが、付き合いを切れなかったのは子どもの送迎でよく顔を合わせること、ふたりとも保護者会のメンバーで活動していたことなどが理由にありました。
ちょっと面倒なところはあるけれど、話しやすいし何かあったら助け合うことができるから…と、あゆみさんはAさんとの仲を維持することには疑問がなかったそうです。
それが変わったのは、お子さんが小学校に進学してからでした。
他人を責める愚痴の多さに
同い年のお子さんがいるあゆみさんとAさんは、進学をお祝いしあって楽しいムードで入学できたそうです。
保育園と違って勉強の時間がメインになり、お昼寝などもないなかで、あゆみさんは自分の息子さんのケアをすることに必死で、Aさんもそうなのかしばらくは連絡のない日々が続きました。
送迎がなくなり顔を見る機会が減れば関心が薄くなるのはよくあることで、それはそれとして「PTAのクラス役員、する?」などたまにLINEで話すくらいの距離感でいいと思うのがあゆみさんの気持ちでした。
しかし徐々にAさんからの連絡は復活。ほかの保護者や学校への愚痴が増えたことで、園のころと同じように一方的に時間を奪われるのがストレスだったそうです。
「非常識な親」「親身になってくれない学校」など自分の抱える不満は正しいと思い込んでいるAさんの姿で、「そうでしょ?」と聞かれるたびに「それより早くこの電話を切りたい」と思うあゆみさんは適当に答えていたそうです。
おかしいなと感じても「それを言えば話が長引く」と思うと口にできず、かといって「そうだよね」とも言えずに、「そんなものでしょ」と投げやりに返すこともあったそうです。
「いま思えば、そうやって相手をしていたことが一番まずかったですね。ほかの友人には聞いてもらえないのか、『いつもありがとう』と言われると申し訳ない気持ちになりました。でも、ストレスを我慢してまで付き合っていたからあんなことになったのだと、いまは反省しています」
他人を責めてばかりのAさんに特に指摘もしないまま話を聞いていたことが、ある日の「事件」で裏目に出ました。
ママ友からのとんでもない「お願い」とは
「ある日、Aさんから電話がかかってきました。忙しいはずの夕方の時間だったので珍しいなと思いながら出たら、お子さんがほかの子どもと喧嘩になって傘を折ってしまい、そのお詫びに新品のものを持っていくことになったという内容でした」
このときも、学校に呼び出されて相手の保護者と顔を合わせることのストレスや、謝ったのに弁償させられる自分の被害者ぶりなどを口にしていたというAさん。
「喧嘩になった事情はお互いさまの部分も多くて、相手の親御さんの様子を聞いたらAさんと子どもさんにきちんと謝罪したそうです。これがAさんにとっては『仲直りできた証拠』で、新しく傘を買って持っていくのは筋が違うみたいな言い方をしていました」
傘を折ってしまったのはやり過ぎだと学校は判断したようで、謝罪とは別に弁償するべきという流れになったこと、それを当たり前のように受け入れる相手の保護者に対して、Aさんは怒っていたと言います。
あゆみさんは、「さすがにこれはちゃんと聞かなければ」と思い、「喧嘩別れしたその子の後を追って傘を取り上げて、その場で折るっていうのは、私もちょっとやり過ぎじゃないかなと思うよ。もし逆の立場になったら、子どもの気持ちを考えて弁償してほしいと思わない?」と慎重に答えたそうです。
それを聞いてAさんはいったん口を閉じ、「そうね」とうなずきます。
子ども同士の衝突によるトラブルはよくあることだけど、子どもたちの今後のお付き合いを考えるなら壊したものは弁償するのがしこりを残さないのでは、とあゆみさんは言葉を選んで続けました。
「うん」と素直にAさんはうなずきましたが、次に出たのは「じゃあ、その人の家に一緒に来てくれない?」という予想外の言葉でした。