下村脩さんの場合
さらにもうひとつ、同様の経験を生物学者で2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩さんも報告しています。
下村さんがノーベル賞受賞に結びついた、緑に光るオワンクラゲの研究をしているときのことです。
下村さんは、オワンクラゲがなぜ光るのか、発光の原因を徹底的に追及していました。しかし、何をやっても駄目で、一旦実験をあきらめ、ボートで海にこぎ出して波に揺られながら考え続けたといいます。
考えているうちに、ついうっかり居眠りをして、ずいぶん沖まで流されることもあったといいます。
「研究に行き詰まり、1週間くらいたったある日の午後、ボートの上で一案がひらめいた。ごく単純な考えだった。生物の発光には多分、たんぱく質が関係している。そうであれば発光は酸性度、すなわちPH(水素イオン指数)によって変わるだろう──」(下村脩「私の履歴書」2010年7月18日)
このように、ノーベル賞につながる発見は、実験室のなかではなく、ボートの上での予期せぬひらめきから生まれたわけです。
考え続けることが絶対条件
19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したイギリスの社会学者グラハム・ウォレスは、人は4つの過程を経て何らかの考えをアウトプットするといいました。
最初のステップは、問題を明確にし、あらゆる角度からその問題を吟味する段階です。ウォレスはこの段階を「(1)Preparation──ととのえる(準備)」と呼びました。
次に、問題をいったん放棄して、問題に対する答えが自然に訪れるのを待つ段階です。ウォレスはこの段階を「(2)Incubation──あたためる(孵卵)」と名づけました。
すると、あたかも啓示のように解決策がひらめきます。この第3ステップをウォレスは「(3)Illumination──ひらめく(啓示)」と呼びました。
最後のステップは、思いついたアイデアを、それが適切なものかどうか検証します。これを「(4)Verification──たしかめる(検証)」と呼びます。
アルキメデスやポアンカレ、アマダール、そして下村さんらの体験は、「(2)あたためる」「(3)ひらめく」の過程に該当すると言えるでしょう。
しかし見過ごしやすいのは「(1)ととのえる」の段階だと思います。アルキメデスもポアンカレ、アマダール、そして下村さんも、問題を前に徹底的に考え続けました。この段階があったからこそ、ふと問題から離れたときに、ひらめきが生じたわけです。
つまり、この徹底して考え抜くという行為なしに、「ひらめき」はあり得ないということです。その意味で「ひらめき」は、決して偶然の産物ではなく、徹底して考え抜いた結果得られるものなのでしょう。
- ひらめき
- 徹底して考え抜いた結果得られるもの。