支えてくれる彼との出会い
「普通じゃないよ、それ」
仕事を始めて1年、23歳の冬に、はじめて同僚に誘われて飲み会へ出かけた。生まれて初めての飲み会だった。お酒をあまり飲めない私は、どんどん盛り上がる同僚についていけず、ただそこに座っていることしかできない。
そのとき、隣のテーブルにいたのが雄平だった。ひとりで暇そうに座っている私に「君、大丈夫?調子悪い?」って、声をかけてきたのだ。
「えっ、君飲み会が初めてなの?」
「はい、親に禁止されていまして」
「親に飲み会を禁止されるって…あ、わかった、酒癖悪いとか?」
「いえ、お酒は苦手なんです。母には昔からいろいろなことを禁止されていて、こうやって男性と話すのも本当はダメなんです」
「…どういうこと?」
その後、雄平は私の話にじっくり耳を傾けてくれた。自分でも不思議なくらいこれまでのことがぽつぽつと口から出てきて、気づけば1時間ほど身の上話をしてしまっていた。
「普通じゃないよ、それ」
雄平は私の話を一通り聞くと、真剣な顔でそう言う。
「あ、ごめん、人の家庭にそんなこと言ったらだめだよね。でも、芹那さんの話はちょっと、おかしいなって思った」
はじめて、自分がうすうす感じていたことを言葉にしてくれる人が現れた。そもそも誰にも家族の話をしたことがなかったから、おかしいのかどうかも「なんとなく」でしかない。それをいま、やっと答え合わせができた。
雄平とはその後しばらくして付き合い始めた。ほとんど初めての彼氏。雄平は私を否定することもなく「頭が悪い」などののしることもない。いままで出会った友人とも違う。私が自分の気持ちを言うまで、優しく待ってくれる。ああ、世間には、こんなにも優しい人がいたんだね。
あるとき、雄平の家にお邪魔する機会があった。その日はみんなでバーベキューをしたのだが、私は家族でバーベキューなんて一度もしたことがない。
「芹那ちゃんは、バーベキューで食べるなら何が好き?」
「えっと…私、バーベキューはしたことなくて」
「あら、そうなのね!それならきょうがデビューの日じゃない!じゃあ、焼き鳥の串さすの手伝ってもらおうかな」
雄平のお母さんは、私がどんなに知らないことやわからないこと、悩んで答えに詰まることがあっても優しく教えてくれた。
「迷惑かけてごめんなさい」と言ったら、「迷惑をかけない人間なんていないんだし、私は芹那ちゃんとこうして話せるのがすごい楽しいんだから、謝らないで!」と言われた。
私を否定せず、むしろ「話していて楽しい」と言ってくれる人なんてこの世に存在したんだ。驚きで、この日は夜まで胸がドキドキしていた。雄平の家族はとてもやさしくてあたたかくて、はじめて自分の居場所を見つけられたように感じている。
それに雄平は、常日頃から私にこう言ってくれた。
「何かあったらいつでも頼って、遠慮なんてしなくていいから。逃げてもいいんだよ、それは絶対悪いことじゃないから。だって俺たちはもう成人してるんだし、自分の人生は自分のものだよ」
だから私は仕事をやめたとき、母が押しかけてくることを予想して「雄平の部屋に泊めてほしい」とお願いした。私の願いを、雄平は快く受け入れてくれた。
好きなことを、ずっとあきらめなくてよかった
「芹那ちゃん、ほんと絵上手だよね!」
雄平のお姉さんは、私のスケッチブックをめくりながら満点の笑顔で言う。
小さいころから、母に隠れてこっそり漫画を描くのが趣味だった。何度もバレては「勉強の邪魔」と捨てられるのを繰り返しているが、チラシやごみ箱のなかのレシート、塾でもらったプリントの裏など、描けそうな紙を見つけては絵を描いていた。これが私の唯一の趣味だった。
漫画を読むのも禁止されていたので、流行りの漫画の話につはついていけなかった。しかし塾の待合室にある古い漫画たちや、塾で仲良くなった友達が持ってきてくれた漫画をこっそり読むのが楽しかった。
「芹那ちゃんさ、TwitterとかInstagramに漫画あげてみたらどうかな。いまこういう日常漫画って流行ってるし、いろんな人が読んでくれると思うよ」
お姉さんはスケッチブックから顔を上げ、私に言ってきた。
「え、でも、私の絵なんて…」
「自分の好きなことや特技を発信していくっていうのも楽しいと思うよ!あ、別に無理にすすめてるわけじゃないの。息抜きになったりしないかなぁって思って」
お姉さんに言われたことがきっかけで、私はこれまで書いた作品とちょっとずつTwitterに上げてみることにした。そこまで爆発的に反応があったわけではないが、4コマ漫画を読んで笑ってくれる人や、「好きです!」と言ってくれる人がいて、これまでにない嬉しさを感じられるようになった。
そのうちLINEスタンプを作ったら、ちょこちょこと売れるようにもなった。大した収入にはならないが、それでも心は非常に満たされている。
「芹那の漫画、会社の後輩が読んだって言ってたよ。めっちゃおもしろいって言ってたし、スタンプも買ったってさ」
「えっ、ほんと?うれしいなぁ…」
「大丈夫?無理してない?」
雄平は、私が突然インターネットの世界に飛び込んだことを心配している。しかし、いまは好きなことをようやく誰かに認めてもらえたといううれしさがとにかく勝っていた。
それにもし、何か困ったことがあっても、いまなら落ち着いて対処できる気がしている。私は一人じゃないんだから、相談できる相手もちゃんといる。
現に、これまで薬なしでは眠れない毎日を送っていたが、最近は薬なしで安心して眠れるようになっていた。