40代独身女は、寂しい?
「元気だった?みんな」
平井勝治は、真依子がつくった生春巻きを口に運びながら言った。
「うん。勝治くんはいまも会ってる?同級生と」
「いや、ほとんど連絡してないよ。俺、あんまり友達いなかったからなぁ。大学とか、単位が取れるぎりぎりくらいしか行ってなかったし。真依子たちみたいにいまでも集まる関係が続いてるほうが、すごいと思うよ」
「ふうん」
勝治はノンアルコールビールのプルトップを開け、ごく、ごく、と飲む。大の酒好きだが、きょうはこの後また仕事に戻るので、ノンアルコールにしている。真依子はきょうは店を休みにしているので、遠慮なく、コップに注いだシンハービールに口をつけた。
「もうみんな結婚して子どももいるから、正直、別世界の人って感じ。子育ての話とか塾の話とか、全然よくわかんなかった」
「なるほどね」
「やっぱり、疎外感はあった。最終的には、独身のままじゃ老後寂しいよ!みたいに言われちゃったし。悪気がないのはわかるんだけどさ」
「あー、お決まりの心配か」
勝治が苦笑する。
「なんか、あのときを思い出しちゃった」
真依子はつぶやく。
「はは、あのときね」
真依子と勝治の頭には「あのときのこと」が浮かんでいた。
あのときのこと
「あの話題映画にも登場!女性店主が営むハイセンスな雑貨店」という、夕方のニュース番組の取材依頼が来たのは、いまから2年ほど前のことだった。
そこからさらに1年半前、真依子は結局、本間とは別れた。どうしても、店を閉める決心がつかなかったのだ。そして、慣れ親しんだ東京を離れるということも。
ひとりでふたたび仕事にいそしんでいたとき、知り合いづてに「店を映画のロケ地として使わせてもらえないか」という話が舞い込んだ。
真依子の店は、主人公が想いを寄せる相手役の男の子がアルバイトをしているという設定で使われた。そこまでひんぱんに映画に登場したわけではなかったのだが、公開後は思った以上に反響があった。相手役の俳優に、一部で熱狂的な人気と知名度があったのだ。作中でふたりがおそろいで買ったペンケースは即完売し、追加で入荷しても、すぐに品切れた。
そこからは実店舗とオンラインショップともに売上が伸び、いまでは、接客やオンラインショップの配送などを担当してくれる短時間のアルバイトスタッフも雇っている。仕事でいい流れが続くことはそうそうないのだが、来るときは来てくれるものだ。
番組制作会社でADをしている「野村」という若い男からSNSを通じて取材依頼が来たとき、最初からなんとなく、引っかかるところはあった。なんというか、無遠慮というか、グイグイ来るというか。
「映画に出た店だから」というだけで、どんな商品を取り扱っているのかなど、真依子の店に関することをほとんど調べていなかったことも、やや引っかかった。でも、店や自分がメディアに出ることでさらにお客さんが増えるなら断る理由はないと、引き受けたのだった。
当日、撮影の合間に、野村と今後の撮影の流れを打ち合わせをしていたときだった。撮影スタッフは店の入り口に座り、機材のチェックをしている。
「いやー、こだわりの店、って感じで、いいっすね」
きょろきょろと周りを見渡しながら、野村が軽口を言う。
「ありがとうございます」
「ずっと、おひとりでやってるんですか?」
「そうです、オープンのときから」
「…あの、すげー失礼な質問ですけど、独身ですか?」
「そう、ですけど」
番組と何の関係があるのかわからなかったが、真依子は答えた。
「40代オンナひとり…寂しいっすね」
「…」
「自分の娘が将来そうなったら、切ないなー」
真依子が言葉に詰まったのと、野村と同じ制作会社のディレクターとして一緒に来ていた勝治が、野村を一喝したのは同時だった。
しいん、と静まり返ったあのときの気まずい雰囲気とそれからの撮影のことは、いまでもよく覚えている。