親友のホンネ
智恵は店の奥にあるソファに寝そべって両腕を投げ出し、すやすやと寝息を立てている。きょうは夜から店の在庫整理をするため、早くに店を閉めていた。その後、早紀と一緒に遊びに来た智恵と遊んでいるうちに、小さな彼女は疲れて眠ってしまったのだった。
「やっぱり、このお店は落ち着くな」
早紀がつぶやく。
「早紀、いつもそう言うよね」
「そう?」
小中学校時代から気心知れた関係の早紀とは、最近ふたたび、こうやって会うようになった。真依子が婚活に励む少し前に結婚した早紀はほどなくして智恵を授かり、その後は子育てでバタバタしていたため、なかなか会うこともままならなくなっていた。
早紀は、結婚や出産を経験した同年代の友人に対して、真依子が唯一違和感を感じない相手だ。自分の環境が変わっても、真依子をひとりの友人としてずっと尊重してくれていたからかもしれない。家庭や子どもの話も真依子が聞かない限りほとんどしなかったし、会えば毎回、独身のときと同じような他愛もない話で盛り上がった。
「…旦那さん、元気?」
「ん?まぁ、元気、かな。最近ほとんど顔を合わせてないから、わかんないけど」
早紀は苦笑する。
早紀が旦那さんといまひとつうまくいっていないことは、結婚してあまり経たないころから、うすうす察してはいた。友人の紹介で知り合ったという旦那さんとは何度か会ったことがあるが、物静かな反面どこか神経質そうな感じがして、真依子は、実は少しだけ苦手意識を持っていた。そして、早紀がそういう相手を選んだことが、少し意外でもあった。
「…あの人が考えてること、よくわかんないんだよね。最近はもう、疲れてる夜に顔を見て話すのも面倒で、向こうが仕事から帰ってくる前に、智恵と一緒に寝るようにしてる」
「そっか」
「…でも、子どもにとってはいいパパ、なんだよね。むずかしいけど。悪い人じゃないことはわかってるし」
早紀は、肩をすくめた。
早紀の話を聞いていると「結婚しても、イヤなら離婚すればいい」というのも、実際はそう簡単なことではないのだろうな、とも思う。物理的にも、経済的にも、精神的にも。勝治も前にふと「結婚より、離婚のほうが大変だった」だと言っていた。
「早紀はさ、どうして旦那さんと結婚しようと思ったの?」
「うーん…子どもがほしいと思ったのは、ひとつあるけど。正直、安定とか常識みたいなものを優先させたところは、やっぱりあるかな」
早紀は言う。
「でも、少なからずそこって考えるよね。若いときはいいけど、年齢を重ねていくと、女ひとりって、どんどん心細くもなっていくし」
そう。結婚して家族ができれば、独身でいることの不安定感やわずらわしさは消え去る。ある程度の年齢になると「既婚者」というカテゴリーに入っているほうがラクで、生きやすい面も多いんじゃないかと実感している。特に、40歳を超えたあたりからはそう思う。
「でも、誰かと結婚するってさ、当たり前だけど、その人以外と恋愛する可能性を捨てるってことじゃん?恋愛に一喜一憂することはもう私の人生にはないんだって思うと、なんか、つまらないなーって思うことはあるよ」早紀は、頬杖をつきながら言う。
「そういうもんかな」
「うん。ないものねだりかもしれないけど」
そのとき、智恵が伸びをしてソファから起き上がった。