妻と母になった、かつての友人たち
やっぱり、来なきゃよかった、かも。
真依子は、目の前で談笑する同級生たちの会話のキャッチボールの間でいいかげん、辟易していた。今日は土曜日。大学時代の友人たちと、久しぶりにランチ会をしようと集まった。
集まったのは真依子を含め4人で、学生のころはいつも一緒にいたメンバーだ。毎日のようにキャンパスで過ごし、学食に集い、ひとり暮らしの誰かの家に泊まり、やれ飲み会だ旅行だとつるんでいた。未来のことなんてなにひとつ考えず、くだらないことでゲラゲラ笑いながら、若さゆえいくらでも湧いてくるパワーをめいっぱい消耗しながら、過ごしていた。
卒業し、それぞれ就職してからもしばらくは定期的に会っていたが、真依子が前の会社に転職した20代半ばから、少しずつ会う機会は減っていった。それでも時折やりとりはしていたし、互いの仕事や恋愛に関する近況報告がてら集まることも、数ヶ月に1回はあった。
20代後半でひとり、30歳過ぎでひとり、30代半ばでひとりが結婚した。そしていま、彼女たちには全員、子どもがいる。みな、当たり前のように妻になり、母となったのだ。
「結婚なんてしたくない。同棲でよくない?」と言っていた洋子も、「子どもとか、マジ苦手」と言っていた麻美も、「オンナだけが、家のことやるなんておかしい」と言っていた望海も。
いま、彼女たちの子どもは中学生、小学生、いちばん小さい子で幼稚園児だ。ランチ会がはじまって2時間以上が経つが、口を開けば結局、その8割以上は子どもの話題。学生時代の思い出やいまの仕事の話、最近行った場所などの話をしていても、途中で子どもに関する話につながっていく。当たり前のように。
正直、誘いがあったときは断るつもりでいた。それでも、40代ともなったいま、それぞれの日々に忙しくしている4人で予定を合わせて会える機会なんてなかなかないし、次はいつになるかもわからない。そう思い直して、行くことにしたのだった。
でも、時は流れた。たとえ青春のひとときをあんなに濃密に過ごした友人たちが、もう別の人種なんじゃないかというほどに、はるか別の場所にいることを痛感する。
真依子は溶けかかったアイスティーの氷を眺め、手についた水滴をおしぼりで拭いながら、内心、帰るタイミングをうかがっていた。
「もう、あとは真依子だけだね」
麻美の言葉に、真依子は我に返った。
「何が?」
正直、少し前からうわの空だったので、会話の流れがよくわかっていなかった。
「なにって、結婚だよ!ひとりじゃ絶対寂しいよ、老後」
麻美は、屈託なく言う。
「40代で結婚する人もいるもんね。いまなら、子どももギリギリ産めるし」
望海もうなずく。
「結婚式やるときは絶対行くから、呼んでよね」
洋子が、力強く言った。
そんなに簡単にいったら、苦労しないんだってば。真依子はつい口に出そうになった言葉をしまって、あいまいにほほえんだ。会話は、ふたたび子どもの学校の話へとうつった。
「ごめん、そろそろ」と真依子が言おうとしたとき、麻美がスマートフォンを見て「げ、やばい。娘のピアノのお迎えあるから、そろそろ出なきゃ」と言ったので、安堵した。
もう、当分会わなくてもいいかな。
駅で別れ、それぞれの家庭へと散っていくかつての友人たちの後ろ姿を見ながら、真依子はつい、そう思ってしまった。