同棲生活を始めた凛香と広大は、友人たちを招いたホームパーティーをすることになった。
しかし、計画者の広大はすべて凛香に丸投げ。少しモヤモヤしていた凛香に、客の一人である桜の自分勝手な行動が追い打ちをかける…。
- 登場人物
- 凛香:この物語の主人公。
- 広大:凛香の彼氏
- 優子:凛香の友人
- 海斗:優子の彼氏
- 桜:広大の大学時代のサークル仲間
- 礼二:広大の大学時代のサークル仲間
手土産
「優子、海斗、いらっしゃい!」
ドアを開けると、友人カップルの優子と海斗が笑顔で立っていた。
夏真っ只中、8月某日。私と広大の同棲が始まった新居にて、友達を招いて持ちよりホームパーティーをしようという話になっていた。
「凛香~呼んでくれてありがとう」
部屋に入りながら、優子が嬉しそうな顔で声をかけてくる。引っ越したら一番最初に優子を招くね、と話していたからだ。
「凛香ちゃん、引っ越しの荷ほどきは済んだの?こんなすぐにお邪魔して大丈夫だった?」
優子の彼氏の海斗は心配そうな様子だった。2人も昨年同棲を開始したばかりだったから、引っ越しの大変さがわかるのだろう。
「うーん、まぁ大変だったけど、片付けは済んだので大丈夫です!」
そう、今朝ちょうど終わったばかり。
広大に勝手に日程を決められていたときはかなり焦ったが、なんとか2人で協力して荷ほどきを終えた。いや、正しくは私が8割終わらせた。
「優子、海斗いらっしゃ~い。何持ってきたの?」
リビングのドアを開けると、さっきまで準備は私に任せて昼寝してたことなど微塵も感じさせないような様子で広大が2人を出迎えた。
テーブルにはさっき届いたLサイズのピザが3枚。紙皿やコップもセッティング済みで、きょう観る予定の映画も準備万端である。
「私はマフィン焼いてきた!あと野菜も食べたいかなと思って、ピクルス漬けてきたよ」
「優子は相変わらず料理上手だよね、ピクルスなんてどう作るの?後で教えてよ」
「大げさだなぁ、簡単だよ。あとさっきファストフード行って、海斗と一緒にナゲットとポテト買って来た」
海斗が袋からナゲットとポテトを取り出す。
私は大皿を出して、ナゲットとポテトを皿に盛りつけた。
「最高の組み合わせじゃん!」
ソファーからようやく立ち上がった広大が、おもむろにポテトに手を伸ばす。
「ちょっと、みんな揃ってからつまんでよ」
私の忠告に、はいはいとめんどくさそうな顔で答えた。
そのとき、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、広大のサークル仲間の礼二と桜が立っていた。
「凛香ちゃん、お邪魔します」
「凛香、呼んでくれてありがとう~!」
「いえいえ、こちらこそ来てくれてありがとね。さ、入って入って…」
2人を部屋にあげると、礼二が重たそうな袋を差し出してくる。
なかにはジュースや炭酸飲料がたっぷり入っていた。
「飲み物、買ってきた」
「ありがとう!後で買いに行かなきゃなと思ってたから助かる」
「よかった」
礼二に受け取ったジュースを冷蔵庫にいれる。
優子がそっと後ろからやってきて「みんなに何飲むか聞こうか」と声をかけてくれたので、お言葉に甘える。
そのときふと、桜が手ぶらで「お腹空いた~」とソファーにすでに座っていることがちょっとだけ気になった。しかも、広大の隣を陣取っている。
割り勘問題
今回のメンバーは、広大が決めた。
最初は、私の親友・優子と、優子の彼氏・海斗と4人で…という話だったのだが、気づけば広大の大学時代の友人である礼二と桜も混ざっていた。
別に人数が増える分には問題がないのだが、私は桜が少し苦手だ。
以前もこのメンバーで飲んだことがあったのだが、空気が読めないところがあるし、何より…多分広大に好意を持っている。
いまも私がいるのにも関わらず、広大の腕をべたべたと触っていた。
広大が答えなければそれでいいのだが、再三「いやだ」と伝えているにもかかわらずわざわざ彼女を呼んだ広大に対し、私のモヤモヤは募っていく。
同棲したら、こんなことで悩まなくなると思っていたのに。
その後ホームパーティーは順調に進んで行った。
ホラー映画をチョイスしてしまったせいで、ことあるごとに桜が広大に抱き着いているのが非常に癪に障ったが、あまり気にしないことにした。
そろそろお開き…となったところで事件が起きる。
「ねぇ凛香、きょうのピザ代いくらだった?みんなで割り勘しよう」
片付けの最中、優子がお財布を持って話しかけてくる。
私は洗い物担当、優子は食器を拭いて、海斗と礼二はゴミをまとめてくれている。
広大は桜と一緒に、ソファーで何やら楽しそうに話していた。
「いいよいいよ!みんな持ってきてくれたじゃん。クーポンで安かったし、とんとんってことで!」
「でも…桜は?」
礼二の言葉に少しハッとして、私は顔をあげる。
たしかに桜は何も持ち寄っていないのに、みんなと同じ扱いにするのはいささか不公平だと感じた。
「俺言ってくるよ、ピザ代を6等分して…1人分で大丈夫?」
キッチンに置いてあったピザのレシートを見ながら、海斗がてきぱきと計算してくれた。
「ありがとう」
海斗の好意に甘える。1人分、およそ1000円といったところか。
「ねぇ桜ちゃん、ピザ代もらっていい?1000円くらいなんだけど」
海斗がそう話しかけた瞬間、桜が急に声を荒げた。
「えっ!?私きょうタダでいいって広大に言われたんだけど!」
そんな話初めて聞いた。慌てて広大の顔を見ると、なぜかヘラヘラと笑っている。
「いや、急に誘っちゃったし、桜ちゃんに申し訳なくてさ。みんなもタダでいいよ」
「いや…タダでいいって…」
海斗が言葉に詰まっている。
「ね、ねぇ広大。みんなはいろいろ持ち寄ってくれたけど、桜は何も持ち寄ってないでしょ?それでタダっていうのはちょっと…もともと、持ちよりパーティーって名目だったわけだし」
たまらずキッチンから声をかけると、桜が反論してくる。
「えー!手作りのマフィンとかピクルス程度でいいなら私も持ってこれたよ?あれと手ぶらのどこが違うわけ?」
桜の暴論に、優子の手が止まった。
「その言い方はないでしょ。材料買って、時間かけて作ってるんだから。何もしてない桜ちゃんと一緒にしないで」
海斗が険しい顔で口にすると、桜はまたムスッと口をとがらせる。
「だったら凛香は?ピザ頼んだのは広大で、セッティングしたのも広大で、荷ほどきしたのも広大だって聞いたけど?凛香だってなんにもしてないじゃん」
その言葉に広大の顔が一気に曇る。
広大は自分が全部やったと言っていたのかと、私はほとほと呆れてしまった。
「ピザ頼んだのは私、お金は広大と割り勘。セッティングもほとんど私がやって広大はソファーで昼寝してて、荷ほどきだってほぼ私が済ませたよ」
「みっともないからそんな嘘つくのやめなよ。広大、いつも凛香は何もしないって私に愚痴ってるんだよ?」
広大の嘘
「広大さ、嘘ばっかだね。何もしてないのはどっちだよ」
礼二がうんざりした様子で口を開く。
「わざわざ凛香ちゃんの悪口言って、桜と浮気でもしようとしてんの?同棲開始したのに?軽蔑するわ」
「俺も、結局きょう呼んだのって、お前が桜ちゃんと仲良くしたいだけだろ?映画中だって彼女の前でイチャついてさ、お前いつ捨てられてもおかしくないよ」
礼二に続いて、海斗も広大に厳しい口調で告げた。
「いや…俺は…」
「は~あ、めんどくさい。なんで説教されてるの?超怖いんですけど。持ちよりパーティーって言っても、義務じゃないでしょ?それに私はお客さまなんだけど?どうして責められなきゃいけないわけ?お金払えばいいの?あ〜あ、気分が台なし。勝手に持ってきたほうが悪いんじゃないの?」
桜の振る舞いに、私はもう我慢できなかった。
「お客さんをもてなしたいと思って呼んだけど、桜みたいな自分勝手な人までもてなせるほど、私心広くないから。広大ももういいよ、全部あなたが蒔いた種じゃん。たった1000円程度で怒ってるわけじゃないからね。彼女の前でそんな態度し続けるあなたと、恋人がいる男性に色目使い続けている桜がとことん信じられないだけ。せっかく同棲決まったけど、もう無理」
「無理ってどういう…」
「別れよう。それで桜と付き合いなよ。この家、契約したのは広大じゃん。桜と住めば?」
「いや、ちょっと、そんな大げさな…」
「みんな、せっかく来てもらったのにこんなことになってごめんね」
慌てる広大をしり目に、私は優子たちに謝罪する。
「いいよいいよ、むしろホームパーティーでわかってよかったんじゃない?誰もいないところでこんなことになってたら、凛香冷静じゃいられなかったしょ」
優子は私の肩をトントン、とやさしくたたく。
ホームパーティーでそれぞれの価値観がこんなに浮き彫りになるとは思ってなかったし、広大と別れることを決断するとも思っていなかったが、結果的には早めに知れてよかったのかもしれない。
「ちょっと待って、冗談でしょ?たかが1000円払わないだけでそんな怒る?」
未だに状況を理解していないらしい広大が、青ざめながら立ち上がった。
「広大さ、1000円の話じゃないよ。凛香ちゃんにすべて任せてたのに、全部自分の手柄にして、挙句の果てに桜ちゃんの肩持って、凛香ちゃんを追い詰めてたお前にみんなうんざりしてんの」
海斗の冷たい声に、広大はうつむく。
「何?私のせい?ほら、1000円ならあげるから…」
誰も桜の1000円を受け取ろうとしない。
私はそそくさと片づけを済ませ、バッグを持ち、優子たちと共に家を出ていく。
「じゃあね、広大。引っ越し業者呼んだらまた連絡する」
「ちょっと待てって凛香!話をしようって!」
「いや、もう話すことはないよ」
こうして私と広大は、ホームパーティーがきっかけで短すぎる同棲生活に終止符を打ち、関係も終わらせることになった。
桜が来ていなければ、こんなことにならなかったのだろうかと思ったが、遅かれ早かれ、私と広大は別れることになっていたのだと、いまはプラスに考えている。
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