これまで、by themでは「生きている人間」の怖い話を2本にわたりお伝えしてきました。きょうは恐怖の実体験、第三弾。ぜひご覧ください。
- ※個人が特定されないよう、すべて仮名でところどころにフェイクをいれています。
彼氏の家族
私の友人・舞子の実体験を、ひとつ。
舞子が大学3年生のときに付き合った彼氏の高橋くんは、長身のイケメンメガネ男子。モデルのようなスタイルのよさでファッションセンスも抜群。頭もよく、舞子は「超優良物件ゲットした」と喜んでいました。
とても誠実な人で、付き合って数カ月は一切手を出されなかったそうです。そんな真面目な一面に、舞子はますます惹かれていってました。
とある夏休み。舞子は、彼の実家にお邪魔することになりました。彼の実家は隣の市にあり、「よかったら一晩泊まりにくる?」と誘われたそうです。
そこは観光地としても有名な場所だったので、観光ついでに、と舞子も楽しみにしていました。
そして舞子が泊まりに行った日の夜、突然私にLINEが送られてきます。
「まじでやばい、ここから逃げる方法考えて、知恵貸して」
「どうした?なに?彼氏の実家から逃げる方法ってこと?」
「そう。いまトイレなんだけど、財布だけポケットに入れてきた。玄関まで廊下をまっすぐって感じだけど、リビングの前は通る必要ある」
「荷物置いてくってこと?」
「そう。やばいかな」
「個人情報とか入ってないの?」
「服と下着と化粧品くらいしか入ってないから大丈夫。かばんがちょっと高かったけど、それどころじゃない」
「わかった、じゃあ私がトイレ出たら親のふりしてタイミングで電話するから、その流れでちょっと出よう」
舞子の状況はまったくわかりませんでしたが、私は舞子に電話をかけます。それと同時に、一緒にいた私の彼氏に頼んで隣の市まで車を走らせ始めました。
「もしもし舞子?いまね、おばあちゃんが倒れたの…」
我ながら迫真の演技だと思いましたし、舞子の女優っぷりもなかなかでした。
「おばあちゃんが…?すみません、ちょっと外で電話してきていいですか?」と言って、舞子が玄関を開ける音がします。しばらく舞子が走っている音が聞こえ、5分ほどしてからようやくタクシーに乗る音がしました。
「あ~まじでありがとう、本当に助かった」
「なにがあったか知らないけどよかった。いま車でそっち向かってるんだけど、あと30分くらいかな…駅まで迎えに行くよ」
「ありがとう。とりあえずタクシーで駅まで向かうわ」
それから、舞子はぽつりぽつりと話し始めます。
「最初は普通だったんだけど、夕方あたりに妹さんが帰ってきて大泣きしだしたんだよね。バイトで先輩にいじめられたって言って。そしたらお祈りが足りないからだってお母さんがキレだして、なんか呪文を唱え始めるの。で、妹さんに白い粉みたいなのぶわぁってかけるの。こわっと思って彼のほうを見たら『舞子も呪文を言わないと呪われちゃうよ!』って言われて、唱えるのを強要されて…」
舞子はそのあとも続けます。
「呪文を一字一句間違ったらいけないみたいで、間違うたびにほうきみたいなのでたたかれるの」
「呪文?」
「そう。イアンサ・マヤラカだったかな」
「なにそれ…怖い…」
「怖いよね…。一時間くらいかな。で、食事中にまた妹さんが泣き出して、同じことの繰り返し。イアンサ・マヤラカ、イアンサ・マヤラカって呪文唱えだすのよ」
そのうち耐えきれなくなって「ごめんなさいトイレへ!」と言ってトイレに行き、私にLINEを送ってきたそうです。
「無事に帰ってこれてよかったね。怖すぎる」
「本当だよ…お線香とかたくさん焚きだすし、なんか自分線香くさいもん」
はは、と笑っていると、タクシーが駅に着きました。舞子がお金を払う音が聞こえます。『ありがとうございました〜』と、タクシーを降りようとしたとき、運転手の声が聞こえました。
「イアンサ・マヤラカイアンサ・マヤラカイアンサ・マヤラカイアンサ・マヤラカ」
「…え?」
その後すぐに私と彼氏の車が到着し、舞子を乗せることができました。たまたま道が空いており、予定より早く到着できたのです。ただ、そのタクシーはずっと駅前で私たちを見つめていました。
「…あの運転手の名前、高橋だった」
舞子がそう言ったとき、舞子のスマホに高橋くんからLINEが来ます。
「あと1分で駅に着くよ」