ひさしぶりの恋愛相手は…
「あの野村くんって、まだ働いてるの?」
「うん、いるよ。意外と、きつく怒ってもへこたれないんだよな。図太いだけかもしれないけど」
真顔で勝治が言うので、真依子は声を出して笑った。
「いまどき、年齢とか性別とか、結婚してるかどうかで人を判断するなんてナンセンスだよ。世の中、いろんな人がいるんだから」
勝治はつぶやく。
テレビマン一筋で、これまでにいろんな人と出会って話を聞いてきた勝治は、本当にそう思っているのだろう。
「まあね」
たしかに、あのとき勝治が怒ってくれたことは嬉しかった。野村に言われた言葉は確かにショックだったし「なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ」とムッとした。
ただ、変に本音をオブラートにくるんで励まされるよりは、あれはあれでストレートでよかったのかもしれない、とも思う。
実際に、40歳独身の女性というと、いくらみんな表向きは「結婚は人生のすべてじゃない」などといっていても、少なからず奇異な目で見られてしまう機会は避けられない。
勝治のように「いまの時代、フラットな視点で見てくれる人も比較的いる」というだけで、客観的に見れば真依子は女のスタンダードから大きく外れているのは確かなのだ。
バツイチ・子持ちの彼
撮影があった後日、勝治はわざわざ真依子の店に来て、改めて謝罪した。そこからときどき、客として店に来ては「仕事で使うから」と、店のボールペンやメモ帳、トートバッグやらを毎回買っていくようになった。
会うたび、ぽつぽつとお互いのことを話すようになった。やがて、好きな音楽や映画が似通っていることがわかり、ちょこちょこと連絡を取り合い、店以外の場所でふたりで会うようになって、いまに至る。
3歳年上の勝治に嫌悪感はもっていなかったが、しばらくのあいだ警戒はしていたし、距離感も崩さないようにしていた。だって、絶対に既婚者だと思っていたから。
そのときの真依子はもう結婚をあきらめていたし、かといって不倫なんて絶対に嫌だし、男の一時的な気まぐれに付き合わされるくらいならひとりのほうがマシ。そう思っていた。
でもこうやって恋人同士になり、週に1回ほど互いの家を行き来したり出かけたりする関係が、もう1年以上続いている。
「あー。そろそろ、部屋片付けないとな」
勝治は、伸びをしながらいった。
「将馬くん、来るの?」
「そう、来週にね。ちょっと久しぶりになるけど」
勝治は独身だが、バツイチだ。職場の同僚だったという元奥さんとの間には、小学生の息子、将馬がいる。「6年前、お互い合意のうえで別れた」ということだけ聞いているが、詳細は知らない。ただ、子どもとの関係性は悪くなさそうだということはわかる。
でもそこに関しては、少なくともいまの真依子が介入すべきではないことのような気がして、自分から積極的に話題にすることはない。勝治は、ただの恋人に過ぎないのだから。
「じゃあ、そろそろ行くね。ごちそうさま。また連絡する」
勝治が立ち上がった。
「了解。仕事、頑張ってね」
結婚ってどうだった?子どもがいるってどんな感じ?いつか勝治に聞いてみたいと思いながら、真依子は玄関先へ向かう勝治を追いかけた。